東西の古典を、きわめて平易な現代語に訳出する試みです。
意によって大幅に構成を改編し、読みやすくするために潤色を施しています。

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超訳【碧巌録】

第19話 指一本 (倶胝指頭禅)

2011.9.23(抄訳初出:2007.9.19)

倶胝(ぐてい)和尚は、まだ駆け出しの頃、人里はなれた山の中に庵を結んで一人で暮らしていました。

ある日のこと、そんな倶胝和尚のところに一人の尼さんが訪ねてきました。

尼さんはズカズカと部屋に入ってくると、笠をかぶった旅装束のままで座禅中の倶胝和尚のまわりをグルグルと3回まわると、こう言いました。

「ねぇ、そこのアナタ。
なんとか言ってごらんなさいよ。
気の利いたことが言えたなら、私はこの笠を外して旅装束も脱ぐつもりで来たのだから。」

突然の展開に戸惑った和尚が絶句していると、彼女は3度、同じセリフを繰り返しました。

それでも和尚が無言であったので、遂に尼さんはそのまま振り向くと出て行こうとしました。

倶胝和尚はそこでやっと口を開くと、何とか次の言葉を搾り出しました。

「あ、あの・・・待ってください。
もうすぐ日も暮れますし、よろしかったら今日は泊まっていかれませんか?」

尼さんは言いました。

「だから、何とか言ってみなさいって!」

しかし、和尚はもうそれ以上、何も言うことができませんでした。

尼さんが出て行った後、残された倶胝和尚はガックリと肩を落として反省しました。

「オ、オレは・・・
身体は立派な成人男子なのに、それに見合った「意気地」ってヤツがまるで無い!
もう!オレのバカバカ!!(泣)
くそーっ!こんなんじゃダメだ!!
オレは旅に出るぞ!!
そしてグレートなオトコになってやるんだ!!」

勢いあまって旅立ちを決心した和尚は、速攻で旅支度を整えると、出発に備えて早寝しました。

するとその晩、夢枕に山の精霊が立ち、こう告げました。

「こらこらオマエさん、そんなにあせっていったいどこへ行こうと言うのだい?
まぁ、落ち着きなさい。
明日になったら凄い人がやってくることになっているから。」

次の朝、目覚めた倶胝和尚が半信半疑で出発せずにいると、果たしてひとりの坊さんが訪ねてきました。

昨日の出来事を残らず懺悔したところ、その坊さんは、ただ黙って指を一本立てて見せました。

それを見た瞬間、倶胝和尚は全てを悟ってしまったということです。

この時訪ねてきた坊さんこそが天龍禅師だったわけなのですが、それからというもの、倶胝和尚はどんな質問に対しても、ただ指を一本立てるだけで回答したということです。

さて、ここで読者のあなたに質問です。

彼が会得したこの必殺技のポイントは、いったいどこにあるのでしょうか?

「そりゃ、指を立てる仕草にあるんでしょ?」などという理解のレベルでは、もうまるでお話になりません。

しかし、それが指とは関係ないとなると、これはもう全くわけがわかりません。

相手が理解できたならば指を立て、理解できなくても指を立てる。

ハイレベルな質問に対しては指を立て、低レベルな質問に対しても指を立てる。

相手の意見にOKする時には指を立て、NGであっても指を立てる。

こんな話を聞いたことがありませんか?

「たとえチリやホコリのような小さなものであっても、それがたったひとつ舞い上がっただけで世界が統一される。
花がたったひとつでも開こうとする時、そこから世界がスタートする。
百獣の王ライオンは、その全身に生えている毛先のひとつひとつまで、全て百獣の王なのだ。」

徳山和尚は言いましたっけ。

「私ひとりが寒いと感じる時は、全世界が氷河期だ。私ひとりが暑いと感じる時は、全世界が灼熱地獄なのだ!」

さぁ大変だ、全く意味がわからない。(笑)

こりゃいったい、何の話なのでしょうか?

わかっている人にとっては当たり前の話なのですが、わからない人にとっては窒息死しかねないレベルですね。(苦笑)

このテーマに関する私の先輩たちの会話は以下のとおりです。

長慶:「いくら美味しいご馳走だからって、満腹の人の前に置いてもなぁ・・・」

玄沙:「オレ様に向かって指なんか立てやがったら、その場でへし折ってやるぜ!!」

玄覚:「玄沙さん!アンタいったい何考えているんですか!!」

雲居:「確かに玄沙さんの言うことは乱暴ですね・・・ 
いったい玄沙さんは倶胝和尚のことをどう思っているのでしょうか?
「いい」というのであれば、なんでまた「指をへし折る」などというのでしょうか?
「よくない」というのであれば、いったい倶胝和尚のどこがよくないと考えているのでしょうか?」

曹山:「倶胝和尚のやっていることはデタラメだ! ある特定のシチュエーションにおいてうまくいったからといって、そのままのカタチで全部うまくいくわけがないだろう!」

玄覚:「ちょっと待ってくださいよ、曹山さん! 「デタラメだ!」なんて言って、倶胝和尚が悟っていなかったとでも言うのですか? あの人は臨終の時、「この技のポテンシャルは、まだまだこんなもんじゃないのだ。ああ、私は一生かけても使い尽くせなかったなぁ・・・」と言っていたそうじゃないですか。
悟ってもいない人にこんな発言ができるでしょうか!?
曹山さん、いったいなぜ、そんなことをいうのですか!!」


私個人の意見ですが、実際のところ、倶胝和尚は決して指を立てはじめた時から完全に悟っていたわけではなかったのだと思います。

そんなアヤフヤなものだったにも関わらず、問答において、彼は指を立てるだけで連戦連勝を続けたのです。

この手の話は一見わかりやすそうですが、最も難解な部類に属します。

「指」などという仕掛けに惑わされてはいけません。

マネして指を立てたり拳を突き上げたりしたところで、なんの役にも立たないのですから。

ところで、倶胝和尚の庵で働いていた童子が外出先で「あなたのところの和尚さんは、いったいどんな風にものごとを教えてくれるんだね?」と尋ねられ、和尚の受け売りで指を立ててみたそうです。

帰ってから和尚にその話をしたところ、和尚はいきなり童子の指を切り落としたとか。

絶叫して逃げ出した童子を和尚は呼び止め、童子が振り向くなり指を一本立ててみせたところ、童子は直ちに全てを悟ったとか。

もう、まったくもって意味不明ですね。(苦笑)

読者のあなた、意味わかりますでしょうか?


倶胝和尚は臨終の床に着いたとき、集まった弟子たちに向かってこう言ったそうです。

「ワシは天龍和尚から「一指頭禅」という必殺技を伝授されたのだが、一生かけてもそれを使い尽くせなかった。なぜだか知りたいか?」

そして静かに指を一本立てると、そのまま息を引き取ったとか。

後日、明招和尚が先輩の深和尚に対してこんな質問をしたそうです。

「深兄さん! 「倶胝和尚はたった3行の呪文を唱えただけで人類の頂点に立った」と言われているとか。
兄さん、ひとつその「3行の呪文」ってヤツをやってみせてくれませんか?」

深和尚が黙って指を一本立てると、明招和尚は「ああ、今日は素晴らしい日だ! 今日でなければ全く理解できないところだった!!」と言ったとか。

・・・なんだかワケがわかりませんね。(苦笑)


秘魔和尚も倶胝和尚と同じような芸風でしたが、彼は指ではなく一本の刺股を使っていました。

また打地和尚は、問答を仕掛けられると、その名の通り地面を棒で一発たたくのが得意技だったのですが、ある時誰かにその棒を隠されてしまい、仕掛けられた問答に対してただあんぐりと口を開けるばかりだったとか。

これもまた、「一生かけても使い尽くせなかった」ってヤツですかね。w

無業和尚は言いました。

「ダルマ大師が我が国に持ち込んだものは何か? それはただひとつ、「心印」と呼ばれるものだ。
これを受け継いだものには、もはや賢いとかバカとか、セレブとか一般ピープルとかの区別は存在しない。
いいかオマエたち! 立派な人になりたいというのであれば、無駄な努力をするのは今すぐやめろ!
くだらないことを考えるのも、今すぐやめろ!
たったそれだけで、オマエは生死を超越して「超人」になれるのだ。
そうなれば、味方とか子分なんて募集するまでもなく向こうからゾロゾロやってくることだろう。」

無業和尚は一生の間、どんな質問に対しても「妄想ストップ!!」のひと言で答えたとか。

これこそ、「ひとつわかれば全てがわかる」っていうヤツですな。


それにひきかえ最近の人たちときたら、ただもう脊髄反射的にわかったつもりになるばかりで、肝心なところを全く理解しようとしません。

この「指一本」の話にしたところで、「倶胝和尚はワンパターンなヤツだった」という風に受け取って、笑って終わりにしてしまいます。

彼は本当は、様々な手段を使うことができる人だったのではないでしょうか?

そうであるにもかかわらず、毎回ただ指を一本立てて見せる。

ここにこそ、彼の本当の親切心があることに気がつかなければなりません。

たとえば、先に挙げた「私ひとりが寒いと感じる時は、全世界が氷河期だ。私ひとりが暑いと感じる時は、全世界が灼熱地獄なのだ!」という話を思い出してみるといいかも知れませんね。


雪竇(せっちょう)和尚はこの「指一本」の話を引き合いに出して、こんなポエムを作りました。

「倶胝のジイサン、なんと親切。
空間や時間の概念を全て取り去ったとき、そこにはいったい誰が残っているのでしょうか?
あなたはまるで、大海原に浮かぶ一本の木切れに向かって目の見えない亀を打ち寄せようとする波のようなお方ですなぁ。」

・・・ナニ言ってんだか!という感じですが、結局のところ、これは雪竇和尚の独りよがりですよね。

「盲亀浮木」の喩えは法華経に掲載されているエピソードですが、そもそも「目の見えない亀」を木切れに乗っけたところで、それがいったい何の役に立つというのでしょうか・・・

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