東西の古典を、きわめて平易な現代語に訳出する試みです。
意によって大幅に構成を改編し、読みやすくするために潤色を施しています。

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超訳【夢中問答】

第9話 そもそも「お祈り」とは?

2009.9.19


足利直義:「そういえば和尚、加持祈祷を専らにする真言師たちの中に、「そういった目に見える儀式こそが仏教の極意だ!」などと主張する連中がいるようですが、これはどうなんでしょうね?

「真実は見聞きできない」などというのは、行動の伴わない頭でっかち連中がでっちあげた「机上の空論」ではないか、ということらしいのですが。」

夢窓国師:「まぁ、言いたいヤツラには言わせておけばいいのじゃが、あまり調子に乗られても困るのでこの際説明しておこうか。

「究極の真実」の境地にあってはな、もはや「見聞きできる」とか「見聞きできない」とかの区別などありはしないのじゃよ。

世の中のアホウに説明する都合上、仮に区別を設けたまでなのじゃ。

「目に見える儀式」が極意だと言うのであれば、外道連中だって「目に見える儀式」をやっておる。

また、「真実は見聞きできない」という説は、外道連中もまた述べているのじゃ。

いわゆる「小乗仏教」から「大乗仏教」に至るまで、どの段階でも似たような議論がなされておる。

もちろん、言葉が同じだけで内容は違うのじゃがな。

たとえば密教の経典である「大日経」には、「本当のことを言うと、「究極の真実」に決まった形はない」と書かれておるのじゃが、これと外道連中の言う「「究極の真実」も結局相対的なものだ」というのとが同じものだと思うか?

「大日経」にはさらに、「「なにもない」状態と「なにもなくない」状態の両方が同時に極まった状態のことを「無相」と名づける。そしてその「無相」の状態からは、ありとあらゆるものが生み出されてくる。」と書かれておる。

「無相」とは、つまり「なにもない」ということじゃ。

「なにもなくない」とは、つまり「有相」のことであり、「ありとあらゆるものが生み出される」ということじゃ。

ところがここでは「有相」と「無相」のどちらもが「無相」なのだという。

こりゃいったい、どういうことじゃろうか?

しかも「無相」にはありとあらゆるものが含まれているというが、それって「有相」のことではないのか?

さぁ、これこそが肝心なポイントなのじゃが、そうそう一般人に理解できるものではないじゃろう。

もちろんバカモノにもな。

それではやはり、見聞きできない「無相」の境地は「机上の空論」であってニセモノというべきなのじゃろうか?

・・・そんなことはないよなぁ。

これはつまり、自分の頭が悪いのを棚に上げて、「オレがわからないからニセモノ!」といっておるのと変わらないのじゃから。

とはいえ、「無相」の境地を本当に理解した人が、アホウどもを振り向かせるためにアレコレと謎の儀式をやってみせるのであれば、ワシは決して批判しない。

パッと見は「有相」であっても、その心が「無相」だからじゃ。

もしも俗世間の欲望を満足させるために実施するのであれば、「無相」の境地に至れないことはもちろん、「有相」の境地だって完成しない。

たとえば、もの凄い切れ味の宝剣をわけのわからんガキに貸し与えたならば、あっという間にケガをしたり、下手をしたら命を落とすことになるじゃろう。

運よくそこまでいかなかったとしても、岩に切りつけたり地面をほじくって遊んだりした挙句、ついに刃こぼれして折角の宝剣が台無しになることは疑いない。

密教における儀式とは、つまりそういうものなのじゃよ。

昔の密教の師匠たちも言っておる。

「密教でいうところの「調伏」というのは、思い上がったバカモノの度肝を抜くことで謙虚な気持ちを起こさせて、まともな道に引き戻すためのテクニックのひとつなのだ。」、とな。

また、「どうしても言うことを聞かない「度し難いバカ」には、一度死んでもらう。」とも言っておるが、これは「憎らしい相手をぶっ殺す」ことが目的なのではなくて、「真人間に生まれ変わらせる」ことを目的としたものなのじゃ。

涅槃経に掲載されているエピソードによると、かつてお釈迦様は国王だったことがあるのじゃが、ある時、多勢の坊さんたちがたった一人の坊さんをよってたかってイジメているので調査したところ、どう考えてもイジメられている一人の方が正しくて、他の坊主どもはそれが面白くないからそういうことをしているということが判明したのじゃそうな。

そこで自ら軍隊を率いて攻め込むと、イジメられていた一人以外の坊主を全員ぶっ殺してしまったとのこと。

しかも、とんでもない大殺戮をしたにもかかわらず、「正しいものを助ける」という目的のもとに実施したことであるので、全く罪に問われなかったとか。

・・・なんだか極端すぎてアブナイ話のようにも思えるが、我が国にも似たような例があるのじゃ。

かの聖徳太子が大臣の物部守屋を殺害したのがそうなのじゃが、これだって、もしも「守屋の勢力が強くて自分の地位が脅かされているのがイヤだ!」などの理由で実行したのであれば、家臣や人民は愛想を尽かして離れていったことじゃろう。

そしてロクな死に方はできないし、生まれ変わった先でもロクでもないことが待っておることは疑いない。

涅槃経にはまた、こうも書いてある。

「ムカつくことをされたから、ムカつくことを仕返してやる!」というのはつまり、燃え盛る焚き火を消すために灯油をぶっかけるようなものだ、とな。

いいか?

仏や菩薩たちの慈悲深さは、まさに底なしじゃ。

神道やその他の宗教で拝まれている神々も、実は仏や菩薩が化身したものであるので同じく底なしじゃ。

そしてその底なしの慈悲心は、生きとしいけるもの全員に等しく及んでおる。

そんな仏や神々が、「オレ様は栄えろ!敵は死ね!!」的なお祈りに耳を貸すと思うか?

本当に仏教を信じている人は、決して「無病息災」などというものを願ったりはしない。

もしも「無病息災」などという状態になってしまったら、なんの努力もする気がなくなって、あっという間に堕落してしまうことを知っているからじゃ。

それでは何を願うべきかといえば、それはもう、「全世界に平和を!」ということに尽きる。

漠然とし過ぎているように思うかもしれないが、様々な正しい願いは全て、この一点に集約されるのじゃ。

これを心底願って努力することができてこそ、心も身体も俄然パワーアップするし、仏や神々も力を貸してくれようというものじゃ。

「いやいや、武器などを使って物理的に殺害するのは殺人罪となりますが、祈りパワーによる呪殺は不能犯として扱われるので処罰の対象とならないのですよね?」などとぬかすヤツがおるが、とんでもないことじゃ。

先にも言ったように、お釈迦様は国王時代に軍勢をもって大量殺戮をしたし、聖徳太子も武力を行使して敵対する一族を滅ぼしてしまったにもかかわらず、殺人罪に問われなかったばかりか、当時はもちろん、遠い未来である今まで、人々の尊敬を集めておる。

逆に、仏教の名を冠した呪殺の法であっても、俗物根性丸出しでやるのであれば、成功しないことはもちろん、人々の支持も得られないじゃろう。

梵網経に、「殺生禁止!呪い殺すのもダメ!!」と書いてあるのは、つまりこのことじゃな。

また、「いやいや、仏教パワーによる呪殺は、「一刻も早く仏になってね!」という親切心で実施するわけなので、罪にはならないんですよ。」などと言うヤツがおる。

それほど親切な気持ちを持っておるのであれば、憎らしい相手なんて放っておいて、真っ先に自分の一番大切な人からぶっ殺して「仏」にしてやれと言うんじゃ!」

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