東西の古典を、きわめて平易な現代語に訳出する試みです。
意によって大幅に構成を改編し、読みやすくするために潤色を施しています。

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超訳【夢中問答】

第17話 政治と宗教は分離すべき?

2011.1.8

足利直義:「なるほど・・・ 
ところで、それはそれとして、世間では「政治家が宗教にハマるとろくなことにならない。仏教にのめり込んでいる連中などが政権を取っているから、世の中がなかなか治まらないのだ!」などと言う人たちがいるのですが、これについてはどうお考えでしょうか?」

夢窓国師:「仏教には「カンチガイ野郎の宗教活動は三生に禍根を残す」という言葉がある。

自分では善いことをしているつもりなもんだから、一切反省することなくカンチガイしたまま人生が終わってしまう。

なんとも残念なことじゃ。
これがまず、第1生の禍根。

なまじな善行をしたものだから、今度は裕福な権力者の家に生まれ変わったりする。

そうなったが最後、もうカンチガイ街道まっしぐらじゃ。

たとえ根が悪いヤツでなかったとしても、あれこれと仕事や世間づきあいに忙殺されてしまい、死ぬまでカンチガイに気づくヒマがない。

なんとも残念なことじゃ。
これがつまり、第2生の禍根。

さぁ、第1生で蓄積した善行の報いは、第2生で全部使い切ってしまった。

従って、第3生は必ずや残念なことになる。
これが「三生の禍根」というヤツじゃ。

まぁ、題謂経とかには、「カンチガイがヒドい連中には、禍根が残りそうな宗教活動でもよいからさせておけ」と書かれたりしておるが、これはつまり、「善いことをすれば善い報いが得られる」ということをまず体感させ、その後にちょっとづつ正しい方向に導きなさいという意味じゃ。

今の世の中の有様は確かにヒドいので、カタチばかりの善行でも充分に有り難いということもあるじゃろう。

それならそれで、折角やるのだから、三生に禍根が残らないようにやってもらいたいと思うばかりじゃ。

・・・しかしまぁ、、先にも言ったような気もするが、俗物根性を引きずりながらやることは、どんなに善いことのように見えても結局ぐだぐだな結果しか出せないのじゃよ。

天台大師は、かつて修行の段階を6つに分けた上でこうおっしゃった。

「「悟りを得た」状態がスタート地点。
2級に進むまではお経を読むことも他人に説教することも禁止。
3級に進んだら、ちょっとぐらいは人の世話を焼いてもOK。
4級に進んだら、呼ばれて講師を務めてもOK。
5級以降は、自分から積極的に営業してOK。」

「碧巌録」で有名な圜悟和尚も、やはり「まず俗物根性を捨てなさい」とおっしゃっている。

根性が座らない限り、どんな宗教活動も結局は維摩のオッサンが嫌った「愛見の大悲」に陥ってしまうのじゃ。

さて、質問に戻るが、宗教活動批判をする連中が、そういった意味で苦言を呈してくれているというのであれば、それは実にもっともな忠言じゃ。

しかし、「宗教活動なんて意味ないからやめちまって、世俗の活動に専念して欲しい」などという考えなのだとすれば、これはトンデモナイことじゃ!

悪魔に憑りつかれているといってもよいぐらいじゃ。

いいか?

どんな金持ちも貧乏人も、人間に生まれてきたという1点をとってみれば、全員等しく前世で宗教的善行を積んだことに違いはない。

それではなぜ、貴賎の差が生まれたのかといえば、前世における善行のレベルに差があったからに他ならない。

例えば今、中央政府で役人をやっているような連中は、相当に前世での善行レベルが高かったものと考えられる。

しかし、役人の中には反社会的行為で捕まるようなヤツもいるし、本当に国のことを考えている人たちばかりかと言えば甚だ心もとないというところを見れば、前世の善行はまだまだ足りなかったのではないか、と思いこそすれ、「善行なんてやめちまえ」などという考えになるというのは、ワシはどうかと思うぞ。

元弘の乱からこっち、オマエさんたちの軍事政権がどれだけたくさんの罪を重ねてきたか、胸に手を当ててよく考えてみるがいい。

これまでにやってきた宗教的善行で足りていると思うか?

数々の戦乱で、どれだけ多勢の人を「敵」として殺してきたか覚えておるか?

殺された人たちの家族の気持ちを考えたことがあるか?

敵ばかりではない。

味方で戦死者を出しているのも同じことじゃ。

父が死んで子が残ったものがある。

逆に子が死んで父が残ったものがある。

そんな例はそれこそ無数にあるのじゃ。

せめて恩賞でも賜れたなら、まだ残された者の気持ちも救われるのじゃろうが、元から無名で中央と縁がないような人々は、戦死するまでにどれだけ活躍したところで、それを中央に報告する手段がないので全部泣き寝入りを余儀なくされておる。

だいたい、オマエさんたちのような軍事政権下で「昇進した」などというヤツは、要するに「人よりもたくさんの人を殺した」ということとイコールじゃ。

数々の戦乱に巻き込まれ、神社や寺はもちろんこと、どれだけたくさんの民家や商店などの建造物が破壊されてきたことか!

戦乱のたびに寺を本陣として収奪し、周辺住民を全部追い払って路頭に迷わす。

なんと罪深いことだとは思わんか?

戦乱が終われば仁義の徳政が行われるかと思えば、ちっともそんなことにはならずにそのまんま放置。

今の世の中がなかなか治まらないのは、ひとえにそれが原因なのじゃ。

宗教活動のせいなどであるものか!

みなの心をひとつにまとめて正しい方向へ導くことができたなら、この世界はたいして時間をかけることもなくパラダイスとなることじゃろう。

少なくとも「治まらない」などということがあるハズがない。

宗教活動以外でそれができるというなら、やってみろというのじゃ!!

天下を治める国王や大臣が仏教にのめり込んだという例は、国の内外を問わず昔からたくさんの例がある。

政治をうまくいかせるために仏教を利用したものもあれば、仏教を広めるために政治を利用したものもある。

政治目的で仏教を利用したものは、仏教などまるで信じていないようなのに比べればまだマシではあるが、どれだけうまくいったところで、最終的に国中みんなが輪廻を免れない。

そう考えると、中国人が理想とする三皇五帝の時代だって、仏教がなかったわけだから全然うらやましくもなんともないな。(笑)

逆に、仏教を広めるために政治を利用するのは、これはもう「在家の菩薩」と呼ぶべきじゃ。

我が国においては、かの聖徳太子がその代表例じゃ。

あれこれと多忙な政務をこなしつつ、寺を建立し仏像を安置し、経典の解説書を書き下ろし、講義も実施した。

十七条憲法の冒頭に「上下和睦、帰敬三宝」とあるのは、「仏教のため、政治をやります」という宣言なのじゃ。

で、結果はどうだったかといえば、その時うまくいったばかりでなく、700年たった今でさえ、みなの尊敬を集め続けておる。

聖徳太子の仏教導入に反対したのは、大臣の守屋だけであった。

実はこの守屋というのは、余人をもって変え難いほどの優秀な大臣だったそうな。

しかし、仏教導入に真っ向から反対してきたので、殺して排除するほかなかったのじゃ。

中国においては「、梁の武帝がその位を追われたのは、仏教にのめり込み過ぎて政治をそっちのけにしたからだ」という批判がある。

そもそもブッダ本人は王子として生まれ、王位を継ぐ予定だったのを放棄して修行に励み、仏教を打ち立てた。

これを「宗教活動にのめり込み過ぎて王位を失った」と批判できるか?

梁の武帝は後年、「もう皇帝なんてイヤ!」とばかりに何度も脱走をはかり、そのたびに臣下に連れ戻されておる。

そして遂に、もう戻らないと固く誓って、大金で自分を奴隷として売り払ったのじゃ。

しかし、それでも臣下は金を払って武帝を買い戻して皇帝の座につけた。

そんな武帝が最終的に王位を失ったことを批判するのは、まったく当たらない。

なにしろ今のこの世の中じゃ。

ブッダや梁の武帝のように全力で世間を捨てることは、なかなか難しい。

ただせめて、聖徳太子のごとく、仏教のために政治をうまく使えば、それが一番よいとワシは思う。

・・・ところで、また戦争を始めるそうじゃな。

ワシはオマエから「これは仏教のためにやるのだ」と聞いておるから、国中の人が反対したとしても、その気持ちが揺らぐことはないと信じておるが、批判にはちゃんと反論しておくべきだと思い、言いたいことを言わせてもらった。

・・・ちょっと言い過ぎたかも知れんがな。」

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