東西の古典を、きわめて平易な現代語に訳出する試みです。
意によって大幅に構成を改編し、読みやすくするために潤色を施しています。

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超訳【夢中問答】

梵僊和尚による後書き(初版時)

※「夢中問答」の出版にあたり、鎌倉時代末期(1330年頃)に中国(元)からやってきていた高僧、竺仙梵僊(じくせんぼんせん)に依頼して書いてもらった跋(ばつ=後書き)より

2009.5.24  抄訳初出(2006.6.30)


ある日、等持寺の古先和尚が何やら小冊子を持ってやってきたかと思うと、私にこんなことを言った。

「やあ和尚、これを見てください!
これはあの室町幕府初代将軍である足利尊氏さんの弟で副将軍でもある足利直義さんが、尊敬する夢窓国師のところに熱心に通っては、あれこれと悩み事を相談した時のQ&Aを記録したノートです。
それだけでも充分にレア・アイテムなのですが、このノートのさらに凄いところはですね、文章といえば通常は漢文、つまり中国語で書くべきところを、日本語、つまり「かな文字」で書いてあるところです!
日本人の知識レベルは総じて高いのですが、それでも中国語を読める人は一握りの知識人のみです。
ですから、こうやって日本語で書いてやらないと、読者層を拡大することができないのですよ。
これなら、従来の知識人たちはもちろん、一般の人たちや女性たちにも読むことができます。
すごいことだとは思いませんか!? ベストセラーとなること間違いなしですよ!
タイトルは「夢中問答」といいます。
愛媛県知事の大高重成さんは夢窓国師の弟子でもあるのですが、このたび彼が版元となってこれを書籍化し、出版する運びとなりました。
和尚! そういうわけですので、是非ともこの本に後書きを書いてやってはいただけないでしょうか?」

それに対して、ワシはこう答えた。

「ほう、それはそれは・・・
そもそも、世の中はアホばっかりじゃ。
極めて優秀な人=「至人」が手を変え品を変えて面倒をみてやらない限り、どうにもこうにもなりゃしない。
これはそれにチャレンジしようという企画じゃな?

なるほど、仏さまはオールマイティなお方じゃが、全く縁のない人たちを感化することはできない。
それに、あれこれと言葉を尽くしてみたところで、究極の真実を伝えることなど、結局のところ不可能じゃ。
究極の真実は、言語も思考も超えたところにあるからじゃ。
とは言うものの、ほうっておいたらアホはアホのままなので、なんとか口当たりをよくすることによって内容に興味を持たせようという作戦、悪くないと思うぞ。

仏さまが「私自身は万能なので、どんな手段でも使うことができる。しかし、私がいないところでは、次善の策として「それっぽく記録した文字=仮名(けみょう)」を利用するしかないなぁ。まったくアホウの相手をするのは大変だよ・・・」とおっしゃったのは、つまりこのことじゃな。
もはや世の中は末期症状を呈しており、神も仏もありゃあしない。
今回の企画は、まさに「仏の再来」にも等しいことじゃな!

・・・ただ、まことに残念なことに、ワシは日本語が読めないのじゃよ。
その「かな文字」で書かれた文章を直接読んで真意を理解し、その表現を吟味して、「ほう、うまいことをいうもんじゃ!」とか、「ほれ、ここの部分を読んでみろ!」とか言って、あれこれオモシロがりたいところなんじゃが・・・

なに? 読めもしないのに、なんで書いてあることを知ったかぶって褒めたり、「これは仏の再来じゃ!」とか言うのかって?
オマエな、天が何かしゃべったりするか?
天はなんにも言わないが、それでも季節は移りゆき、あらゆるものは自然のままに発生する。
目が見えなかったり耳が聞こえなかったとしても、その「自然の理」がどういうものであるかぐらいは、生まれつき体得しているものじゃよ。
ただ、「なんでそうなのか?」といわれると、なかなか答えられる人は少ないのじゃがな。

夢窓国師のおっしゃることも、まぁこれと同じようなもんじゃ。
ワシはもうずっと昔から、それを知っておる。
この本が出版されようがされまいが、ワシはそれを知っておるのじゃ。
ただそれも、「なんでか?」と言われると、なかなか答えづらいところではあるのじゃが・・・

仏、つまり「ブッダ」とは、「悟った人」という意味じゃ。
自分ひとりで充分に悟り、それによって周囲の人にも悟らせる。
先に言った「アホウどもを感化する」というのは、つまりそういうことじゃな。
「自分で悟る」ことと「周囲の人に悟らせる」こと、また、「世界中の人に悟らせる」ことの間には、なんの違いもない。
実は、それらは全て同じものなのじゃ。

「究極の真実」とは、実に偉大なもんでな。
全世界をすっぽりと包み込んでいるのじゃ。
この世のありとあらゆるものが、それによって存在し、活動している。
なにも夢窓国師ひとりだけが「超人」というわけではない。
オマエもワシも、やはりその偉大なる「究極の真実」によって存在し、「究極の真実」を使いこなして生活しているのじゃよ。
まぁ、それが「なんでか?」ということがわかっているかどうかの違いはあるがな。

それにしたって、突然今そうなったわけではあるまい。
誰が「悟っている」って? 誰が「悟っていない」って?
そういうことを言うヤツには、ワシは指さしてこう言ってやるのじゃ。
「おいオマエ、オマエは仏そのものではないか!」、とな。
そのことを忘れているから、あれこれと思い悩んだりするのじゃ。
考えてみれば、単純なことじゃな。

なに? 「それはそうなのかも知れませんが・・・」、じゃと?
なにか言いたいことがあるならハッキリ言え!

なになに? 「冒頭、「極めて優秀な人=「至人」が面倒をみてくださる」とおっしゃいましたが、、私は「「至人」と呼ばれるような完成した人格を持つ人は、夢なんか見ないもんだ」と聞いています。
ところがこの本は、夢窓国師という立派な「至人」の話であるにもかかわらず、「夢」中問答などというタイトルがつけられているのは、いったいまた、どういうことなのでしょうか?」、じゃと?

・・・これだからセンスのないヤツは始末におえない。
まさか、ここでいう「無」のことを、「有ったり無かったり」の「無」だとか考えているのではあるまいな?
そもそも、ここで「夢」といっているのは、いわゆる「夢」のことではないのじゃ!

・・・とかなんとか言ってしまえば、もうオマエは何も言えなくなるじゃろうし、ワシももうこれ以上何も言うことはない。

こんなコトワザがあるのを知っとるじゃろう?
「アホウに夢の話をしてもしょうがない。」って。

かつて仏弟子シャーリプトラ(舎利弗)は同僚のスブーティ(須菩提)にこうたずねた。
「究極の悟りを得るための「六波羅蜜(ろくはらみつ)」という修行法だけどさ、夢を見ている時にやるのと、夢から覚めている時にやるのとでは、何か違いがあるかしら?」
これに対してスブーティはこう答えた。
「ううむ、それはディープな質問だな・・・オレにはちょっと答えられない。
さっきその辺にマイトレーヤ(弥勒菩薩)がいたから、彼に聞いてみたら?」

さて、今またシャーリプトラのように、「夢」と「夢でない」ことの違いをたずねてくるようなヤツがいるならば、ワシはただ、こう答えるばかりじゃよ。

「それはとてもディープな質問なので、ワシには回答不能じゃ。
キミ、夢窓国師にたずねてみなさい!」


西暦1342年9月19日
南禅寺の居室にて

               中国からの渡来僧  梵僊

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