ANCIENT CHINESE THOUGHT
大学
別訳『大学』
自分を整えることから、家、社会、天下へ。儒学の基本となる短い言葉を、現代の暮らしに引き寄せて読み直します。
ABOUT THIS WORK
身を修め、世を整える。
『大学』は、儒学の学びが目指す道筋を簡潔に示した古典です。心の置き方、人の見方、組織を担う者の責任、日々新しくあること。今にも通じる章句の一部を、平易な言葉で紹介します。
GREAT LEARNING · 01
大学(抄) ※ほんの一部
2007.11.25
「小人閑居して不善を為し、至らざる所なし」
しょーもないヤツは役に立たないばかりではなく、ちょっと目を離すとロクなことをしでかさない。
・・・というか、できればやめて欲しいことばかり、片っ端からやってのけてくれるのだ。
「心ここに在らざれば、視れども見えず、聴けども聞こえず、食らえどもその味を知らず」
すぐ近くで見ているから、こっちを向いて聴いているから、目の前で食べているからといって、相手が理解しているなどと決して思ってはいけない。
まるっきりわかっていないと思った方が確実だ。
だってヤツは、まるでこちらに興味がないんだもの。
「好みてもその悪を知り、悪(にく)みてもその美を知る者は、天下にすくなし」
好きな相手でもその欠点をわきまえ、嫌いな相手でもその長所をわきまえることができる。
・・・そんな人は、世界中探しても、まぁ、ほとんどいませんね。
「賢を見るも挙ぐる能わず、挙ぐるも先にする能わざるは、慢(おこた)るなり。不善を見るも退くる能わず、退くるも遠ざくる能わざるは、過ちなり」
すぐれた人物だと思いながらもその人を採用できず、採用したとしても重く用いることができないというのは、怠慢である。
善くない人物だと確信しながらも、そいつをクビにすることができず、クビにしたとしても一緒に飲みにいったりゴルフにいったりして関係を断ち切ることができないというのは、過失である。
「国家に長として財用を務むる者は、必ず小人を用う。彼はこれを善しとおもえるも、小人をして国家をおさめしむれば災害並び至る。善き者(ひと)ありといえども、またこれを如何ともするなきなり」
内閣総理大臣として財政に力をいれる者は、必ずつまらない人物を手先に使うものである。
彼はこの人物を有能だと考えているが、つまらない人物を入閣させていると、地震や台風が襲ったり地球が温暖化したり、凶悪犯罪が続発したりと、もう大変なことになるものだ。
たとえ多少はすぐれた人物がいたところで、もはやどうしようもないのである。
「まことに日に新たに、日日に新たに、また日に新たなれ」
明日は良い日だ。今日も良い日だった。明日も、またその次の日も良い日に違いないのだ。
そうあるべきだし、そうしなければならない。