JAPANESE THOUGHT
風姿花伝
別訳『風姿花伝』
世阿弥が残した芸能の秘伝書。稽古、年齢、才能、そして「花」とは何かを、現代の言葉で読みます。
ABOUT THIS WORK
稽古の先に咲く、「花」とは何か。
『風姿花伝』は、能を大成した世阿弥が、父・観阿弥の教えをもとに記した秘伝書です。年齢に応じた稽古、才能の育て方、観客を惹きつける「花」、そして秘することの力を説きます。
FŪSHI KADEN · 01
まえがき(世阿弥による序)
2011.6.5
申楽(さるがく)というのは、要するに神様に対して「長生き」をお願いするための儀式の一種なのですが、そもそもいつ頃から始まったのかというと、実はハッキリとはしていません。
古代インドから伝えられたとも、神々の時代から既にあったともいわれていますが、いずれにしても大昔のことなのは間違いないでしょう。
ですから、これが「元々はどんなものであったのか」というのは、正直なところ、もはや誰にもわからないのです。
まぁ、世間一般では、推古天皇の時代(西暦600年頃)、聖徳太子が私の祖先である秦河勝(はだのこうかつ)に対して「なんか楽しいことはないか?」と尋ねられたのがキッカケとなって一大演芸大会が催されたのが始まりだということになっています。
その後は四季折々のイベントとして定着し、奈良の春日大社や滋賀の日吉神社に勤務していた河勝の子孫たちがそれを受け継いで今に至るという次第。
そういった経緯もあって両神社ではこのイベントが頻繁に催されるため、奈良や滋賀には申楽のイベントスタッフがたくさん住んでいたりします。
申楽というのは「人を楽しませてナンボ」です。
ですから、古いやりかたにこだわるばかりではなく、新しい要素を常に取り入れるように心がけなければなりません。
とはいっても、ひたすらウケを狙うあまりに道を踏み外すようなことがあってはいけません。
「日常の言動が折り目正しく、その立ち居振る舞いも見ていて気持ちがいい」というのであって、ようやく「ちゃんと伝統を受け継いでいる達人」と呼ぶことができるのです。
もしも「そんな風になりたい」というのであれば、日々精進あるのみです。
専門外のことに手を出しているヒマなど、あるわけがありません。
ただし、この芸においては特に「文才」がモノをいいますので、作文・作詩の能力だけは別途力を入れて磨きをかけるようにしたいところです。
私、世阿弥こと秦元清が37年間の人生で知り得た芸のポイントを、この際メモにして残したいと思います。
- 女遊びはほどほどにしろ
- ギャンブルはするな
- 酒を飲み過ぎるな
この三つは私の父である観阿弥こと秦清次からいつも厳しく戒められていたことです。
- ひたすら稽古あるのみ! 思い上がったり揉めごとを起こしたりしているヒマなどあるもんか!!
・・・ともよく言われましたっけ。
FŪSHI KADEN · 02
年齢に応じた練習方法について七歳、十二、三歳~
2011.6.5
◆七歳
申楽(さるがく)という芸はだいたい七歳ぐらいから練習を始めるのが一般的なのですが、この年頃にあっては、とにかく「やりたいようにさせる」ことが何よりも重要です。
自然に出てくるあどけない仕草こそがこの年頃の持ち味なのですから、ちょっとぐらい外れたところがあったとしても決して「ああだ、こうだ」と指摘せず、やりたいようにやらせることです。
(あまりガミガミ叱るとやる気をなくしてしまい、能力の伸びがそこで止まってしまう恐れもあります)
かと言って、調子にのって規模の大きな舞台の初回などに出演させたりしてはいけません。
どうしても出演させるのであれば、様子を見て三回目か四回目あたりの舞台に、一番その子が得意な場面だけ出演させるようにしましょう。
また、周りの大人たちの芸を見てマネをすることがあるかと思いますが、まだそれらについて教えてはいけません。マネだけさせておくようにしてください。
◆十二、三歳~
十二、三歳ごろになるとモノごころもつき、体力もついてきますので、慎重に順序だてて、歌などを教え始めましょう。
この年頃の持ち味は、なんといってもその初々しさです。
見た目が初々しいのですから何をやらせたって得も言われぬ良さがありますし、声も耳に心地良く響く頃です。
見た目と声がいいのですから、他の色々と良くない点は全て目立たなくなりますし、ちょっとでも良い部分があるなら、さらに引き立って良く見えるという次第。
但し、この段階ではまだあまり欲を出して背伸びさせてはいけません。
無理してやろうとしても、見苦しいばかりでなく、芸の伸びに害があります。
もちろん、一定のレベルに達しているのであれば、どんどん前に出していきましょう。
見た目よく声がよく、そのうえなかなか上手であるとなれば、何も文句のつけどころはないわけですから。
人の心に「ときめき」を与える才能、これを私は「花」と呼びます。
この年頃の子には誰でもみな、自然の「花」が備わっていると言えるでしょう。
ただ、この「花」は、あくまでも四、五年であっさりと散ってしまう「かりそめの花」であり、生涯保持できる本物の「花」ではないということを忘れないでください。
私が先に「欲を出して背伸びさせるな」と申し上げたのは、つまりそういうわけだからなのです。
この年頃は、ただひたすら基礎を固める時期と心得て、やりやすくて得意なところは伸ばすようにしつつも、そうではないところについては万事基本に忠実に、動きも言葉もひとつづつ大切にして練習するようにしましょう。
FŪSHI KADEN · 03
年齢に応じた練習方法について十七、八歳、二十四、五歳~
2011.6.12
◆十七、八歳
さて、この年頃になると色々とムツカシイ問題が持ち上がり、なかなか練習に身が入らないことになるかと思います。
まず、声変わりして、可愛らしかった少年の声は野太いオッサン声に変わり果て、第一の花が散ってしまいます。
そして、手足もどんどん伸びて、幼児体型由来の見た目の可愛らしさも失われます。
そんなこんなで身体条件が激変するため、これまで適当にやっておれば皆がキャーキャーもてはやしてくれたものが全然そうではなくなってしまい、とにかくやりにくくて仕方がなくなります。
何をやってもあまりウケないということになると、張り合いがないどころか恥ずかしさばかりが先に立つようになり、すっかりヘコタレてしまうというわけです。
しかし、いや、逆にそんな状況だからこそ、今こそが踏ん張り時だと心得てください。
客に指さして笑われたっていいじゃないですか!
ただもう、ひたすら練習あるのみです。
日中だけでなく、早朝も深夜も声域を広げる訓練を欠かしてはいけません。
くじけたら、本当にもうそこで終わりです。
ボーカルパートは、AからBのコードで練習するようにしましょう。
(どのコードが適しているかは、実際は人によって異なるのですが、若い頃にあまり妙なコードの練習ばかりしていると変なクセがついてしまい、歳を取るにつれて不利になります。)
◆二十四、五歳
この年頃になって、ようやくこれまで苦労して練習したものが形になり始めます。
(逆に言えば、ここからが本当の修行なのです)
身体の成長が一段落するにあたり、二つの果報が得られます。
つまり、生涯にわたる芸の基盤となる「声」と「身体捌き」です。
こうなると俄然目を引くようになり、客に鮮烈な印象を与えることができるようになります。
盛を過ぎた名人と競演して、勝つこともあるでしょう。
そして、ファンがつき始め、自分も満更でもない気持ちになります。
さて、ここに大きな落とし穴があります。
この時期の「花」もまた、生涯保持できる本物の「花」ではないということを肝に命じましょう。
ここで得た評判は、単に「若さ」と「もの珍しさ」からくるものに過ぎないのです。
目の肥えた客は、ちゃんとそこを見抜いています。
すっかりカンチガイして思いあがった振る舞いをしたり、勝手な思いつきで伝統を曲げようとしてみたり、上から目線の発言を繰り返したりするようなアサマシイことは、くれぐれもしないようにしてください。
「初登場いきなりランキング第一位!」みたいなイケイケな状態になったとしても、決して調子にのることなく、「いやいや、この高評価はオレの実力によるものではない。単にもの珍しがられているだけだ。」としっかりと思い定め、これまで以上に練習に力を入れ、苦手な分野の克服を目指すべきです。
客観的な自己評価ができなくなったが最後、あっという間に「花」は散ってしまうのですから。
FŪSHI KADEN · 04
年齢に応じた練習方法について三十四、五歳、四十四、五歳、五十歳以降
2011.6.18
◆三十四、五歳
ハッキリ申し上げて、この年頃が芸のピークです。
この年頃までに苦手な部分を一通り克服し、かつ、多くの得意技を身につけることが出来ていたならば、その人の名は既に天下に轟いていることでしょう。
逆に言えば、この年頃になっても名がそれほど売れていないようでは、この先も絶対にパッとしないでしょう。
さて、「芸のピークを迎えた」といっても、やはり調子に乗って浮かれてはいけません。
この年頃になれば、これまで手探りでやってきたことの意味がハッキリと理解できるようになり、あわせてこれから先どうすべきなのかということも見えて然るべきです。
もう一度言いますが、この年頃までに芸が完成していなければ、その後は絶対モノになりません。
◆四十四、五歳
この年頃になったなら、たとえどれ程の達人となり、その名が天下に轟いていようとも、ピンで押し通すことなく、よい相方を持つようにしましょう。
自分ではまだまだ若いつもりでも老いは確実に訪れます。
まず身体の俊敏さが失われ、次いで容姿が衰えていきます。
そして、残酷なことですが、客はそれに気づいています。
いかに若い頃ハンサムだったからといって、年寄りになってもスッピンでいこうとするのは無理があります。
悪いことは言いません。舞台にあがるときは面をつけましょう。
若いもんに負けじ、とばかりに細かい芸をしようとするのもやめましょう。
なぜって? ・・・見苦しいばかりだからですよ。
サブパートの相方を立てて、決してでしゃばらず、それでも「花がある」と言われるならば、その人の「花」は本物です。
そして、五十近くになるまで「花」を失わずに持ち続けられようであれば、その人は、四十になるまでに必ずや天下の名声を得た人であるハズ。
また、それほどの人であれば、老化が自分の芸に与える影響ぐらい知り抜いていて当然です。
◆五十歳以降
ハッキリ申し上げますが、この年頃になったなら現役からは引退するべきです。
千里を翔る麒麟も、老いては駑馬に劣るというではありませんか・・・
しかし、真の役者というものは、声も身振りも容姿もみな衰えて、やれる演目が何もなくなってしまったとしても、なお「花」を保つことができるのです。
我が父、観阿弥こと秦清次は五十二歳で亡くなったのですが、その死の2週間前に静岡の浅間神社の舞台にあがりました。
そして、あれこれと細かい芸は全部若者たちに譲り、ほとんど何もせずにサラッと出演しただけだったのですが、かえってそれが粋に感じられ、その場に居合わせたものは皆、激しく感動しました。
・・・父の持つ「花」に圧倒されたのです。
身びいきだと思われるかもしれませんが、私は、これこそが本物の「花」だと思いました。
これはたとえば、古い樹木の葉が散り枝が落ち、枯れ木になってしまっても、花だけ散らずに残っているようなものです。
「そんなことがあるのか?」と思われるでしょうが、私はこの目で確かにそれを見ました。
生涯散ることのない花。
それは確かに、あるのです。
FŪSHI KADEN · 05
秘すれば花 ~隠しごとの魅力について
2011.10.17
演芸に限らず、武術でも恋愛でも「秘密を持つ」という行為はとても大事なことです。
武術において相手に知られていない技を持っていることは有利ですし、恋愛においても相手の知られざる一面に強く魅かれたりします。
つまり「秘密」を持つという行為もまた、人の心に「ときめき」を与える「花」なのです。
どんなものでも隠せば「花」になりますし、逆に隠さなければ「花」にはなりません。
隠しているもの自体は、あまりたいしたモノではないのが常なのですが。(笑)
だからといって、「そんなもの、別にたいしたことないじゃん!」などと言う人は、何もわかっちゃいないのです。
どれほど「珍しいものこそが「花」なのだ!」などと意気込んでみたところで、「さぁ、珍しいものを見てやるぞ!」と意気込んで集まったお客さんの前では、それほどウケやしないものです。
観客に「へぇーっ、予想したよりずっと面白いねぇ!!」と思わせつつ、そこに「花」があることに気づかせない。
それこそが主役を張るものが持つべき「花」なのです。
「意表を突く」ための作戦、それがこの「花」の特質です。
例えば試合において、明らかに能力において勝っている側が試合で敗れることがあります。
これは相手の意表を突く作戦に引っかかって負けてしまったわけなのですが、いわゆる勝負事においては全てこのようなことがあります。
あらかじめ知っていれば絶対にくわないような手であっても、その時はそんな作戦があるということを知らないから負けてしまうというわけです。
というわけで、我らもこの芸においてひとつの「秘密」を残すこととします。
今、この「秘伝書」を読んでいるアナタにひとつ、念を押しておかなければなりません。
「秘密にする」というのは相手に対してそれを「隠している」というだけではダメで、「秘密を隠している」ということすらも知られないようにしなければいけません。
だって、「コイツ何かを隠してやがる」となれば、誰だって皆用心してしまってやりにくくなるじゃないですか。
相手に用心させない・油断させることもまた、人の心に「ときめき」を与え続けるために必要なテクニックなのです。
敢えて他人に伝えずにおくことを通じて、死ぬまで輝きを失わない「花」を保つ。
大事なことなのでもう一度言いましょう。
どんなものでも隠せば「花」になりますが、隠さなければ「花」にはなならないのです。