ANCIENT CHINESE THOUGHT

列子

別訳『列子』

「杞憂」「朝三暮四」「愚公移山」など、数々の故事成語を生んだ寓話の世界。極端で愉快な物語を通じて、人間と世界の見方を問い直します。

古代中国 道家思想 寓話集

極端な話だからこそ、見えてくる。

「杞憂」、「朝三暮四」、「愚公移山」など、数々の著名な故事成語の出典を含む「列子」。荘子との類似も指摘されますが、寓話集としての性格がさらに強まっています。極端な話のオンパレードで、とても愉快であると同時に、いろいろと考えさせてくれる物語です。

LIEZI · 01

1-9 先生、疲れました・・・

2007.12.3

孔子の弟子の子貢(しこう)は、師匠の下でマジメに勉学を続けていましたが、休まずに続けたのでいささか疲れてきました。

子貢:「先生、ちょっと休憩したいのですが・・・」 孔子:「バカモン!人生に休憩などあるもんか!!」

子貢:「うーん、それを言われると返す言葉もありませんが・・・ しかし先生、それでは私はこの先ずーっと休めないということになるのでしょうか?」 孔子:「ワッハッハ!心配するな、そんなことはないよ。 ほら、アレをごらん。」

子貢:「・・・いや、何も見えませんが?」 孔子:「よく見てみろ!大きいのやら小さいのやら、丸いのやら四角いのやら、色々とあるじゃないか。」

子貢:「ああ、本当だ!・・・って先生、アレはお墓じゃないですか。(泣)」 孔子:「そうじゃよ。キミも近い将来、必ずあそこに入ることになる。 その時、思う存分ゆっくりと休憩したらいいよ。」

子貢:「むーん・・・(汗)。考えてみれば確かにそうですね・・・ アレがあるからこそ、「イイ人」はそこでゆっくり休めるし、「イヤな人」はそこで終わりにできるというわけですか・・・」 孔子:「そうじゃとも!やっとわかったようじゃな。 世間の人は皆「生は楽しくて老いることや死はイヤだ!」と思い込んでいるが、冷静に考えてみるならば、本当に苦しいのは「生」の方で、「老い」や「死」こそが気楽な安らぎであることがわかるじゃろう。 だから安心して勉学に励むがよいぞ!」

LIEZI · 02

1-14 杞憂(天は落ちるか?)

2007.12.7

2500年ぐらい昔の話です。

当時中国にあった杞(き)というとても小さな国に住む人は、極めて心配性の人たちでした。

細かいことをアレコレと心配しまくった挙句、遂に次のような大心配に行き着きます。

天が落ちてきたら逃げ場がない・・・

地が崩壊したら逃げ場がない・・・

心配のあまり夜も眠れず、食事もノドを通らないというありさま。

で、その人があまりにも心配しているという状態を、さらに心配する人がいて、なんとか安心させるために言いました。

「天が落ちてきたら逃げられないって? 大丈夫だよ、天は落ちてこないよ。 そもそも天って何でできていると思う? わたしたちが天だと思っているものは、実は大気のあつまりに過ぎないのさ。 現にこうやって吸ったり吐いたりしている空気と、なんらかわらないものでできているのだよ。 こうやって身体を動かしてみても、空気が邪魔で・・・なんてことにはならないだろう? そんなものが落ちてくるわけがないじゃないか!」

天地崩壊を心配する人は、さらに質問しました。

「な、なるほど、それはそうかも・・・ で、でも、天の高いところにある太陽とか月とかはどうでしょう? あんなものが落っこちてきたら、わたしらはひとたまりもないですよ!」

天地崩壊を心配する人を心配する人は答えました。

「いやいや、それはないね。 あの太陽や月だって、光り輝いてみえるからオッカナイように見えるけれども、やはり大気が集まったものに過ぎないんだよ。 万一、落っこちてきたところで、大丈夫、大丈夫! 空気なんだからケガなんてしないさ。」

天地崩壊を心配する人はさらに質問しました。

「な、なるほど、そんなもんなんですね・・・ そ、それでは、地面はどうでしょう? 地面は空気なんかとは違ってわたしたち皆をしっかりと上にのっけています。 これは空気と違って壊すことができますよね? 地面が壊れてしまったら・・・わたしたちはもう終わりですよ!?」

天地崩壊を心配する人を心配する人は答えました。

「いやいやいや・・・ 確かに地面は空気とはちがうけれども、これは世界の果てまでしっかりと敷き詰められた厖大な土のかたまりなのだよ。 すき間なくピッチリと敷き詰めてあるので、いまさら底が抜けたりなんてするわけがないよ。 試しに思いっきり足踏みしてみろよ。 な?しっかりしたもんだろう? 壊れるわけないって! だからもう、そんなことを心配するはよしなって!」

それを聞いた天地崩壊を心配する人は、すっかり安心して大喜びしました。

それを見た天地崩壊を心配する人を心配する人は、説得がうまくいったので大喜びしてガッツポーズを決めました。

隣の楚(そ)の国の哲学者である長蘆子(ちょうろし)は、その話を耳にしてせせら笑いました。

「なるほど、虹や雲や霧や風や雨、また四季のうつろいなどは皆、天の中で気が寄り集まることによっておこる現象だ。 同じように、川や海、金属や石、火や木などは地上で物質が寄り集まってかたちづくられた現象だ。 物質だろうが空気だろうが、集まってできたものが再び分解しないなどという理屈がどこからでてくるんだ? 全宇宙の存在からみれば、この地球の大気や地面などまるでちっぽけな存在に過ぎないのだが、それでも我々が実感できる中では最大のものだ。 その中で細々とうごめいているだけのような我々ごときにとって、その本質が何であるのか、また寿命がどれほどなのかなど、そう簡単にわかるはずもない。 であるからといって、今すぐ崩壊するかも知れないなどと心配するのは完全なアホウだが、この先ずっと崩壊しないと断言するのもやはりアホウといわざるを得ないだろう。 滅びる時が来たなら、天地であろうとも滅びなければならないのだ。 そんな時になって、逃げようとか助かろうとか考えたところで、どうすることもできないだろ? みんな死ぬ時は死ぬんだよ!」

さて、それらの話を聞いた我らが列先生は、笑いながら言いました。

「天地が崩壊する!などと言い張る連中も、天地は崩壊しない!と言い張る連中も、なんというか、まぁ、どっちもどっちだね。 なんだかんだ言ってみたところで、結局お互いになんの根拠もないわけだし。 聞いている分にはどちらも一理あるように聞こえるわけだけれどもね。 例えば、生きている人には、死後の世界などわかりようがない。 また同じように、死んだ人には、この世のことなどわからない。 未来の世界を生きる人には、過去の世界のことがわからない。 過去の世界を生きる人には、未来の世界のことなどわからない。 結局のところ、天地が崩壊するかしないかなんて、わかりようがないのさ。 ハイハイ、やめやめ! そんなこと、心配したり議論したりするだけムダなことさ。」

LIEZI · 03

1-14-A 杞憂異聞

2010.7.3

悠久の歴史を持ちながら、今はすっかり落ちぶれ果ててしまった某小国でのこと。

ある2人が何やら話し込んでいます。

A:「おまえ、よくそんな呑気でいられるな! オレはもう毎日心配で心配で仕方がないというのに。 夜もおちおち寝ていられやしないし、メシもろくろく食う気にもなれないよ・・・」

B:「またその話かよ! だいたいオマエは気にしすぎなんだよ。 オレはむしろオマエがうるさく騒ぎたてるのが気になって、夜も寝られないしメシものどを通らないよ・・・」

A:「何が気にしすぎなもんか!  万が一、妙な連中が政権を握るようなことになれば、オレたちはもう終わりだぜ!? そんな不安定な状況下でのほほんとしていられるヤツの気が知れないよ!」

B:「大丈夫だって! 国民だってバカじゃないから、そんな変な政権は選択しないよ。 それに、大臣だとか代議士だとかいったところで、別に神でも魔物でもなくてオレたちと同じ人間だぜ!? ヤツらだってそんなムチャをしたら自分も困ることぐらいわかるだろうから大丈夫だよ!」

A:「ナニ言ってんだよ! これだから歴史に学ばないヤツはダメなんだ。 この間の戦争のことを忘れたのかよ? 国土の大半が破壊され、多勢の人々が命を奪われることになった、あの戦争を!! あの時のリーダーはもちろん神や悪魔ではなく、オレたちと同じ人間だった。 そして、内実はともかく、形式上は我々が選出した連中だったじゃないか。 しかも選ぶにあたっては、それなりにちゃんと考えたつもりだった。 で、気づけばあのザマだ・・・ なにが大丈夫なもんか!!」

B:「いや、あれは一部の連中が暴走したのが原因だ。 暴走を許してしまった我らに責任がないとまでは言わないけど、制度自体に問題があったとは思わないね。 そもそも、皇帝陛下がおられる限り、我ら国民は皆、安泰だよ。」

A:「あの時だって、皇帝陛下はいらっしゃったじゃないか! なのに何故、あんなことになったんだ!?」

B:「だから悪いヤツらが皇帝陛下の威光を弱めてしまったのが原因だって!」

A:「そらみろ! 皇帝陛下といえども陥れられてしまった。  これから先はそうならないと、なぜ言える!?」

B:「大丈夫だって!  皇帝陛下は「天」にも等しい立派なお方だが、それでもやはり、我らと同じ人間なのだ。 あの時は皆、皇帝陛下は我々とは違う「神」であると信じさせられていた。 しかし実際はそうではなく、この国の象徴としての役割を担当する「人間」なのだ。 そして「象徴」は不滅だ。 この「象徴」を各人がしっかりと掲げ続けていく限り、この国は安泰だよ。」

A:「なるほど・・・ それはそうなのかも知れないけれど。 じ、じゃあ、自然災害はどうだ? このところ、「地球温暖化」の影響とやらで気候不順が続いているそうじゃないか。 このまま「温暖化」が進行すれば南極の氷がとけて海面水位が上昇し、やがてこの国は水没してしまうぞ! 近々、都市部を巨大地震が襲うという予想もなされている。 いくら「象徴」だとか「行政システム」だとかのソフトを充実させたところで、ハード面、つまり国土が消滅してしまったら、それを実施することができなくなるじゃないか!」

B:「いやいや、確かに「ソフト」は「ハード」がなければ動かせないけれども、そこはちゃんと皆考えて対策を講じているから大丈夫だよ。 「温暖化」に関しては、その主因とされている物質の排出量をビックリするほど削減することになっているし、地震に関しては、これまたビックリするほど素晴らしい免震システムを開発済みだ。 近所の役所や小学校は全部建て替えてそのシステムを導入したし、今も水道管を掘り起こして耐震化をほどこしている最中だ。 もし仮に巨大地震が襲うようなことがあったとしても、昔のような甚大な被害にはならないよ。 だからもう心配するのはよしなって!」

A:「なるほどな。そう考えてみれば、とても安心できる気がしてきたぞ!」

B:「そうだって! 大安心だって! そんなことより、さぁ、早く飲みに行こうぜ!!」

これを聞いた評論家は、こう言ってせせら笑いました。

「アホかこいつらは! これだから我が国は世界の国々からバカにされるんだ。 行政システムなどは「ソフト」だから破壊されないというが、そもそも我が国の今のシステムが最高のものであるとなぜ言える? 仮に今この瞬間最高であったとしても、これから先も永遠に最高であり続けると、なぜ言える? ちょこざいな技術を弄して既存のハードの保持をはかるのだと言うが、そもそも今の国土自体、大昔のある時突然海底が隆起してできたものであるということを忘れたのか? 突然隆起してできたものが、これから先、突然陥没することはないと、なぜ言える? もちろん私だって、それらが今すぐ崩壊するなどと言うつもりはないが、この先ずっと崩壊しないと断言するのは完全なアホウと言わざるを得ない。 いつになるかわからないが、そもそもこの地球自体、滅びる時が必ず来る。 その時になっても助かる気でいるというのだからたいしたもんだ。 どこか遠くの惑星にでも移住するとでも言うつもりか? 我らが住める星なんて、ここ以外にあるわけないだろう!」

さて、それらの話を聞いた我らが列先生は、笑いながら言いました。

「なるほど、選挙で変えられるものがあるのかも知れない。 また、選挙では変えられないものがあるのかも知れない。 我が国の行政システムは最高かも最高ではないかも知れないし、「象徴」はこれからもずっと「象徴」であり続ける保証はどこにもない。 また、それらが崩壊したら我々も崩壊するかも知れないし、しないかも知れない。 地球環境を人間の手で崩壊させたり崩壊から救ったりできるかも知れないし、できないかも知れない。 ・・・どちらを主張する連中も、なんというか、まぁ、どっちもどっちだね。 お互いに見てきたようなことを言ってはいるが、結局どちらも確実な根拠があるわけではないわけだし。 聞いている分にはどちらも一理あるように聞こえるわけだけれどもね。 例えば、生きている人には、死後の世界などわかりようがない。 また同じように、死んだ人には、この世のことなどわからない。 未来の世界を生きる人には、過去の世界のことがわからない。 過去の世界を生きる人には、未来の世界のことなどわからない。 結局のところ、天地が崩壊するかしないかなんて、わかりようがないのさ。 ハイハイ、やめやめ! そんなこと、心配したり議論したりするだけムダなことさ。」

LIEZI · 04

3-2 You Can Do MAGIC!

2010.7.10

紀元前350年ぐらいの昔、老成子(ろうせいし)という男がいました。

根がマジメな男であり、その勤勉実直な暮らしぶりから周囲の評判も良かったのですが、だんだん自分の人生がツマラナイものに思えてきてたまらなくなり、一念発起「自分を変えよう!」とばかりに当代随一の論理学博士である尹文(いんぶん)先生の門をたたいたのです。

ところが入門してから3年の間というもの、先生は何ひとつとして教えてはくれません。

思い余った老成子は先生の部屋に押しかけて行くと、こう言いました。

「先生! 私のいったいナニが気に入らないのですか!?  私になんか教える気にならないということであれば、私はもうやめされていただこうと思います。 ただ、せめて私のナニがいけなかったのかだけでも教えていただけませんか!?」

尹文先生はそれを聞くと、周囲の者を全員退出させて2人きりになったところで口を開きました。

「ところでオマエさん、いったいワシから何を学ぼうと思ったのじゃ?」

老成子は言いました。

「マジックですよ!  この世に存在するありとあらゆるものを思いのままに変化させ、操ることができるマジックですよ! それができさえすれば、こんなロクデモナイ世の中でも、ちょっとは面白く暮らせるのではないかと思うのです!」

それを聞いた尹文先生は言いました。

「まぁ、落ち着きなさい。 確かにワシは周の宣王の師匠をつとめるほどの大学者だが、かつてこの国にはもっと凄い人がいたのじゃ。 そのお方こそがワシの師匠なのじゃが、そのお方はもうかなり昔にこの国に愛想を尽かし、西へ向かって去っていってしまった。

その時、まだ若かったワシが声をかけると、そのお方はワシを振りかえってこんなことを仰った。

「オマエの目にうつるもの、またオマエの目にうつらないもの、それらは全てつかの間のマボロシである」、とな。

それを聞いてワシは悟った。 見えるものも見えないものも、世の中の全ては変化していく。・・・あたかもマボロシのようにな。

そしてその技は実に偉大でパーフェクトで、人智でははかり知れないほど奥深い。 これこそが「真のマジック」じゃ。

オマエは「マジック」をその辺の芸人が見世物にしている手品のようなものだと考えているのかもしらんが、そんなのは実に底の浅いものでたいしたことはできやしないし、効果も長くは続かない。

ものごとが発生して成長し、しばらく持続したのちに消滅してゆく。 これを「生」と呼び、「死」と呼ぶ。 そしてその中にこそ「真のマジック」の秘訣があるのじゃ。

なぁオマエ、ワシもオマエもかつて生まれ、この世で暮らしながらやがて死んでいく。 わかるか? つまり、ワシもオマエも既にこの「真のマジック」の一部なのじゃ。

意識するしないにかかわらず、ワシもオマエも既に「真のマジック」を使いこなしながら生活しているのじゃ。

自分自身が既にマジックである!

・・・今さら改めて「マジック」を学ぶ必要などないのではないかな?」

老成子はこれを聞くと家に帰り、3ヶ月の間じっと先生の言葉について考え続けました。

そして遂に「真のマジック」の秘訣を会得した彼は、万物の生死を操り、四季の順序をいれかえ、冬に雷雨を降らせ、夏に氷をはらせ、空飛ぶ鳥に地を走らせ、地を走る獣に空を飛ばせ、自由自在な人生を送ったとのことです。

ただ残念なことに、彼はその秘訣がいったいどのようなものであったのかを書き残さなかったので、もはや今となっては誰もそれを知るものはいないのだとか。

LIEZI · 05

4-3 聖人は誰だ?

2007.11.21

ある日、宋の国の総理大臣が孔子のところに表敬訪問にやってきました。

総理大臣:「おお、あなたが皆がほめたたえるところの「聖人」、孔先生ですね? お会いすることができてとても光栄です!」

孔子:「聖人?何を言うのかと思えばまったく・・・(苦笑) ワシは「聖人」なんかじゃなくて、単なる「物識りジジイ」じゃよ。

総理大臣:「え!?聖人じゃないんですか?! ・・・じゃぁ、アレですよね、あなたがいつも絶賛しているという三王(夏の禹王、殷の湯王、周の文王・武王)が聖人なんですね?」

孔子:「いやいや、彼らはみな勇気と智恵を兼ね備えた優秀な人たちで、立派にそれぞれの国を治めたのは確かじゃが、だから「聖人」かと言われるとビミョーじゃな・・・」

総理大臣:「そ、それじゃぁ、三王よりも前の五帝(黄帝、顓頊、嚳、堯、舜)が聖人なんですね?」

孔子:「うーん・・・彼らはみな仁義に厚く、素晴らしい人徳者だったのは間違いないのじゃが、「聖人」とはちょっと違うような・・・」

総理大臣:「えーっ!?五帝も違うんですか!? ・・・では、はるか昔の伝説上の王、三皇(燧人・伏羲・神農)こそが聖人なんですね?」

孔子:「む・・・三皇か・・・ 彼らは人類に火や道具を使うことを教え、文字を発明し、婚姻を含む社会制度を作り上げ、医療や農業のシステムまで開発したという伝説の王者じゃ。 しかし、「聖人」かと言うと・・・どうじゃろうなぁ。」

それを聞いた総理大臣がビックリしてしまって、「マ、マジですか!・・・それじゃぁ、「聖人」なんて実在しないということですね?」と言うと、孔子は背筋を伸ばして座りなおし、しばらく沈黙した後、真顔で言いました。

「いや、聖人は実在する。 ワシもまだ会ったことがないのじゃが、ここからはるか西の彼方に、聖人がいるらしい。 何も治めていないのに彼の国はキチンと治まり、何も言っていないのに民衆はみな彼のことを信頼し、何もしていないのに彼のおかげで全ての事柄がうまく行っているのだそうじゃ。 その素晴らしさはあまりにも厖大で、とても言葉で表現することができないのだとか。 ・・・あくまでも人から聞いた話なので、事実かどうかもよくわからないのじゃが、もし、本当にそんな人が存在するのだとしたならば、それこそ「聖人」と呼ぶべきじゃと、ワシは思っているよ。」

総理大臣はそれを聞くと、もう何も言えなくなってしまいましたが、心の中でこう思いました。

「このオッサン・・・テキトーなことばっかりぬかしやがって!」

LIEZI · 06

4-3付録 人名解説

2007.11.21

人名解説:

夏の禹王:かのうおう、紀元前2000年頃の人。黄河の治水事業で有名。

殷の湯王:いんのとうおう、紀元前1600年頃の人。暴君といわれた夏の桀王を滅ぼし、殷を創始した。

周の文王・武王(紀元前1100年頃の人。暴君といわれた商の紂王を滅ぼし、周を創始した。

黄帝:(こうてい、紀元前2600年頃の人。諸侯を討伐して中原を統一、中華民族の祖と呼ばれる。指南車の開発でも有名。

顓頊:せんぎょく、黄帝の孫。天へ通じる道を閉ざし、それまで混在していた神と人を分離したという。

嚳:こく、黄帝の曾孫。生まれてすぐに自分の名前が言えるほどの聡明さを持ち、仁政を行ったという。

堯:ぎょう、それまで10個あった太陽を9つ撃墜し、1つだけにしたという。

舜:しゅん、篤実な性格で人望が厚く、3年も同じ場所に住むと、その場所は集まった人たちで都会となったという。禹の治水事業の発注者。

燧人:すいじん。太古の昔、人類に火の使い方を教えたという。

伏羲:ふっき。太古の昔、大洪水で人類が滅んだ時に妹の女媧と共に生き残り、後の人類の祖となったという。人類に漁業を教え、「八卦」を創始した。

神農:じんのう。太古の昔、人類に医療と農業を教えたという。