ANCIENT CHINESE THOUGHT

荘子

別訳『荘子』

巨大な鳥、料理人の妙技、孔子と顔回、かけがえのない友。常識の枠を軽々と越える寓話を通じて、荘子の自由なことばを読み直します。

古代中国 道家思想 寓話

心を、世間の物差しから解き放つ。

「敗者復活の哲学」、それが荘子……というと語弊があるかも知れませんが、ともかく、彼にかかると色々とコマゴマとした世事にからめとられた精神などは、たちどころに解き放たれてしまうのです。寓意に満ちたその内容もさることながら、彼の文章の美しさは素晴らしく、古来、文人たちが好んで書画の題材にしてきたこともうなずけます。

INNER CHAPTERS · 01

1-1 巨鳥、飛び立つ!

2006.7.13

内篇 逍遥遊1-1(抄)

世界の北の果てに、全長1200km以上もある巨大な魚が棲んでいた。

ある時、突然変異して巨大な鳥となった。

これまた全長1200km以上もある巨大な鳥で、大空いっぱいに翼を広げたその姿は、まるで厚く垂れ込めた雲のようである。

その鳥は、6月になると世界の南の果てを目指して飛び立つのだ。

飛翔するために海上を滑走すること約1200km。

それから一気に高度3万6000km以上まで上昇し、それからゆっくりと南の果てを目指すのである。

大空は青々としているが、それは本当の色なのだろうか。

それとも、果てしなく遠いが故に、そう見えるだけなのだろうか。

この巨大な鳥が、天空の彼方から下界を見下ろす時、きっとまた同じように青々として見えるに違いない。

原文

北冥有魚、其名爲鯤、鯤之大、不知其幾千里也、
化而爲鳥、其名爲鵬、鵬之背、不知其幾千里也、
怒而飛、其翼若垂天之雲、是鳥也、海運則將徙於南冥、南冥者天池也、
鵬之徙於南冥也、水撃三千里、搏扶搖而上者九萬里、去以六月息者也、
野馬也塵埃也、生物之以息相吹也、
天之蒼蒼其正色邪、
其遠而無所至極邪、
其視下也、亦若是則已矣、

INNER CHAPTERS · 02

3-2 料理の極意

2012.11.23

内篇 養生主3-2

今から2400年ぐらい昔、魏の国の王であった文恵君は肉料理が食べたくなって、当代随一といわれた料理人の丁さんを呼び寄せた。

丁さんが牛まるごと一頭を解体するところから始めるというので台所まで見学にいった文恵君は、そのあまりの手際のよさに驚愕した。

その手さばきはリズミカルで、調理が進むたびに道具や食材がたてる音はまるで壮大なオーケストラのごとく、そのきびきびとした立ち居振る舞いはまるで一流のダンサーのごとくであった。

感歎した文恵君は、思わず丁さんに声をかける。

「丁さん、みごと! たかが料理と思っていたが、これはもはや「技術」を超えて「芸術」の域に達しているではないか!」

丁さんはそれを聞くと作業を中断して振り向き、こう言った。

「ほう、アンタ、多少はものがわかるようだな。確かにオレ様の料理の腕前は、もはや「技術」などというチンケな言葉では表現できないものだ。これが「芸術」なのかどうかはよくわからないが、オレ様がいつも目指しているのは「道」、つまり「インナースペース」と「アウタースペース」の調和だ。この道二十有余年、ようやく納得できる仕上がりになってきたところさ!」

文恵君は唸った。

「凄い! まさか料理人に人生の極意を聞かされることになろうとは!・・・」

原文

庖丁為文惠君解牛。
手之所觸、肩之所倚、足之所履、膝之所踦、砉然嚮然、奏刀騞然、莫不中音、合於桑林之舞、乃中經首之會。
文惠君曰、「譆!善哉!技蓋至此乎?」
庖丁釋刀對曰、「臣之所好者道也、進乎技矣。始臣之解牛之時、所見无非牛者。三年之後、未嘗見全牛也。方今之時、臣以神遇、而不以目視。官知止而神欲行。依乎天理、批大郤、導大窾、因其固然。技經肯綮之未嘗。而況大軱乎!良庖歲更刀割也、族庖月更刀折也。今臣之刀十九年矣、所解數千牛矣。而刀刃若新發於硎。彼節者有間、而刀刃者无厚。以无厚入有間、恢恢乎其於遊刃必有餘地矣。是以十九年而刀刃若新發於硎。雖然、每至於族、吾見其難為、怵然為戒、視為止、行為遲、動刀甚微。謋然已解、如土委地。提刀而立、為之四顧、為之躊躇滿志、善刀而藏之。」
文惠君曰、「善哉!吾聞庖丁之言、得養生焉。」

OUTER CHAPTERS · 03

21-3 ジェットでGO!

2008.4.17

外篇 田子方21-3(抄)

孔子門下のエースだった顔回くんが、先生の前でしみじみと言いました。

顔回:「いやはや、まったく・・・ なんと言ったらいいのでしょうね?

先生が歩き出したなら、私も一緒に歩きます。先生が小走りするならば、私もあわせて小走りします。先生が全力疾走しだしたならば、私も必死に全力疾走するのです。おいていかれないために・・・

しかし、しかしですね・・・ あのジェット噴射は反則ですよ!

先生がジェットを大噴射して一瞬にして大気圏外へ飛び去った後は、私はただもう、目をまんまるくして立ち尽くすしかないのです。いつもそうなのです。あれはちょっとカンベンしてください!!」

孔子:「おいおい顔回、そりゃいったい、なんの話しじゃ。妙ないいがかりをつけるでない! ワシがいつジェット噴射したって?(笑)」

顔回:「・・・先生!これは「たとえ話」ですよ。歩く云々の話は、「先生が話をしたなら、私もあわせて話をする」ということです。小走り云々の話は、「先生が議論を始めたら、私もその議論に乗っかる」ということです。全力疾走云々の話は、先生が「道(=真実)」について語りだした時のことを言っているのです。

そんなことならば、私だってどうにかついていくことができます。しかしですね、先生が黙っていても皆に信頼されたり、何の派閥にも属していないのにあらゆる方面にパイプがあったり、何の権力も持っていないのに大勢の民衆が慕って集まってきたりする。アレはキツイです・・・

アレはいったい、どういうわけなのでしょうか? 私はもう、しょっちゅうそんな場面を目撃しているのですが、どうにもこうにも説明不可能、というか理解不能なのです。あれはもはや「超能力」とでも呼ぶべきものです。だから「ジェット噴射」と言ったのです。

先生、例のネコ型ロボットだって、頭の上に竹トンボをくっつけて空を飛ぶ装置を出す程度です。・・・「ジェット」はないでしょう、「ジェット」は! そんなのを使われては、我ら「人間」は置いてけぼりをくうばかりじゃないですか!! 先生、お願いですから、移動には「足」を使ってください!!」

原文

顔淵問於仲尼曰、「夫子歩亦歩、夫子趨亦趨、夫子馳亦馳。夫子奔逸絶塵、而回瞠若乎後矣。」
夫子曰、「回、何謂邪?」
曰、「夫子歩、亦歩也。夫子言、亦言也。夫子趨、亦趨也。夫子弁、亦弁也。夫子馳、亦馳也。夫子言道、回亦言道也。及奔逸絶塵而回瞠若乎後者、夫子不言而信、不比而周、無器而民滔乎前、而不知所以然而已矣。」

MISCELLANEOUS CHAPTERS · 04

24-6 オノをふるう妙技

2009.4.19

徐無鬼 24-6

最大の口ゲンカ友達だった恵子(けいし)の葬式に出席した荘子は、帰り際にその墓を振り返りつつ、傍らの人にこぼした。

「なぁ、あんた、こんな話を知っているかい?

昔々、郢(えい)という国に大変腕のたつ左官がいてな。そいつに壁を塗らせたら、実に天下一の美しい仕上がりだったんだ。

ある時そいつは、壁を塗り終わってから仕上がりを確認したところ、上の方に小さな窪みがあるのを発見した。気泡が入ってしまって、その痕が残ってしまっていたわけだ。

いまさら脚立をだしてくるのも面倒だと思ったのか、そいつはその壁を塗るのに使った土をひとつかみすると、そのくぼみに向かって投げつけたんだ。投げつけられた壁土は、ビシャっと広がってその窪みを見事に埋め、完全に平らな表面に仕上がった。まさに絶妙の技だな。

ところが、その壁土がちょっとだけはね返ってきて、ちょうどハエの羽みたいな感じに、そいつの鼻の頭にくっついたんだ。

それを見ていた同僚の大工、「オレが取ってやるよ!」というと巨大なオノを取り出すと、そいつの顔面めがけて振り下ろした。オノはゴオっとうなりをあげながら鼻先を通過し、くっついていた土だけをスッパリと削り取った。で、鼻の頭に傷ひとつつかず、そいつもまた顔色ひとつ変えなかった、と。

その後しばらくしてから、その話を聞いた王様がその大工を呼び出して、「オマエ、凄いワザを持っているんだってな! ひとつやって見せてくれ!」と依頼したんだそうだ。

すると大工はこう言ってそれを断ったとか。

「王様、あれは顔面にうなりをあげてオノを振り下ろしても顔色ひとつ変えないでいられる彼あってのワザだったのです。そして、残念ながらその彼はもうずいぶん前に死んでしまいました。」

・・・オレももう、これからは妙技のふるい様がなくなっちまった、ってわけだな。」

原文

荘子送葬、過恵子之墓、顧謂従者曰、
「郢人堊慢其鼻端、若蝿翼。
使匠石斫之。
匠石運斤成風、聴而斫之、尽堊而鼻不傷、郢人立不失容。
宋元君聞之、召匠石曰、『嘗試為寡人為之』。
匠石曰『臣則嘗能斫之。
雖然、臣之質死久矣』。
自夫子之死也、吾無以為質矣。
吾無与言之矣。」