別訳【華厳経】
第25話 風俗嬢と善財くん
2007.7.21
24人目のインタビューが終わった時、善財くんはこのような情報を得ました。
「ここから南へいくと、ドルーガ(険難)という国があり、そこにはダクシナーパタ(宝荘厳)と呼ばれる大繁華街があります。
そこに「ヴァスミトラ」という名の女性がいますので、是非、お会いになるといいですよ。」
善財くんが言われたとおりに南へいくと、果たしてギンギラの大繁華街に到着しました。
早速、街を歩いていたオッサンを呼び止めてたずねました。
「ちょっとおたずねします。ヴァスミトラという名の女性に会いたいのですが、どこに行ったら会えるでしょうか?」
オッサンは怪訝そうに善財くんを見つめました。
「オマエさん、まだこどもじゃないか。
しかも、なかなか賢そうだし、かなり良家の出と見た。
そんなオマエが、あのヴァスミトラに会いたいだと?
ふむ、どうしたものか・・・」
そのやりとりを見ていた別のオッサンが話しかけてきました。
「まぁまぁ、いいじゃないか。
会いたいっていうんだから、何か事情があるんだろうよ。
教えてやろうぜ。このボウヤなら大丈夫だよ。
かなり賢そうだから、彼女に会ったぐらいで道を踏み外したりはしないさ。
なぁ、ボウヤ?(笑)
ヴァスミトラなら、北の街外れに住んでいるよ。」
善財くんはオッサンに感謝すると、教えられた場所へ行ってみました。
するとそこにあったのは、目もくらむような豪勢な屋敷でした。
十の垣根と掘割に取り囲まれ、水面にはよい香りのする花が咲き乱れ、建物も蔵も無数にあり、どれもこれもとても立派な素材が惜しげもなく使用された、まさに大豪邸です。
元々金持ちの家に生まれ育った善財くんですが、これにはちょっとビビリました。
「こ、ここは、ひょっとして、シャレにならない高級風俗店では?・・・」
恐る恐る入っていくと、奥の部屋の立派なベッドの上であぐらを組んで座っている女性と出会いました。
その女性のルックスは、美しくまた愛らしく、瞳はやや黒味がかった紺色で、大きすぎもせず小さすぎもせず、髪も長すぎもせず短すぎもせず、そのピチピチした肌の色は黒すぎず白過ぎず、まさに輝くばかりの完璧なプロポーション・・・
こんな美しい女性がいてよいのだろうか?・・・
そんな彼女こそがヴァスミトラだったのです。
善財くんはすっかりドギマギしながらも話しかけました。
「あの・・・すみません。
実は貴女がとても立派な人だから会うといい、と勧められまして・・・」
ヴァスミトラは言いました。
「あら?私が立派ですって?(笑)
確かにそうかもね。
私は相手をエクスタシーに導いて悩みから救う能力をマスターしているわけだし。」
彼女の声がまた、実にあでやかで耳に心地よく響きます。
善財くんはクラクラしながら言いました。
「は、はぁ・・・エクスタシーですか?・・・」
彼女は言いました。
「そうよ。
相手が神様なら私は天女になるし、相手が人間なら人間の女になるわ。
相手がサラリーマンならOLに、学生なら学生に、無職なら無職の女になるの。
つまり、相手が「なって欲しい」と願うような女を完璧に演じることができるというわけ。(笑)
でもね、私がそうするのは、決して彼らの欲望をふくらましたいからではなくって、逆に彼らの欲望を取り去ってあげたいからなのよ。
例えば、私の声を聞いたものは皆、耳で聞いたことを素直に理解できるようになるわ。
もし、しばらく私の手を握ったならば、「もう何もいらない」という心境になれるハズよ。
また、私の隣に並んで座ったならば、世の中の全てのことが光り輝いて見えるようになるの。
私をじっと見つめたものは、「永遠の休息」とはどういうことなのかを理解できるわ。
もしも私が辛そうな顔をしたり笑顔を見せたりすれば、それを見たものは皆、「外道を滅ぼしてやる!」という意気が盛んになるわ。
私を抱きしめたなら、生きとし生けるものの全てに感謝の心が湧いてきて、優しい気持ちになれるハズ。
そして私とキスした時、言葉にできない宇宙の真理を知ることができるというわけ。
・・・ちょっとムズカシかったかしら?(笑)」
善財くんは言いました。
「いやはや・・・何というか、ものすごいですね。
恐れ入りました・・・
それにしても、貴女はまたどういった経緯で、またどういった修行を積んで、その境地に達することができたのでしょうか?」
ヴァスミトラは答えました。
「ウフフ・・・それはね。
大昔、常住という名の仏様が世に現れたことがあったの。
この仏様は人々が悩み苦しんでいるのを見て哀れみの心を起こし、足踏みをなさったわ。
すると、たちまち大地が激しく振動して、全てのお城が砕け散り、蓄えてあった無数の財宝が皆の頭上に等しく降り注いだではありませんか!
私はその時ある資産家の妻だったのだけれども、この出来事を見て覚悟するところがあって、夫とともに家を捨て、最後に残った財産である宝冠を仏様に奉げたの。
するとそこへ文殊菩薩がやってきて、今の境地を授けてくださったというわけ。」