東西の古典を、きわめて平易な現代語に訳出する試みです。
意によって大幅に構成を改編し、読みやすくするために潤色を施しています。

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ぶんのすけ文集

【怪奇体験集】ある夏の日

1997.7.22

これからが夏も盛りだが、今日のようなギンギンの日には、炎天+熱気にあてられ、線路際などに佇むと、一瞬あたりが静まり返るような錯覚に捕らわれることがある。

妙に懐かしいようなその感覚は、あたかも遥か昔の夏休みの記憶を、身体が想い出しているかのようだ。

そんな時に頭がふと思い返すのは、いつも決まって18年前の夏に経験した、ある不思議な出来事である。

私から聞いたことがある人もいるかもしれないが、あれは私が中一の時の夏休みの事だったから、やはり18年ほど昔、私は府中の方にあった国際学校のサマースクールに半月(一月だったか?)ほど通っていたことがあった。

内容はといえば、米国人の教師達が、米語で授業(歌・踊り・工作などのアクティビティ)を生徒(日本人や英米人・国籍不明人など混合)に強いるという外国ではよくあるものである。

まあ、それなりにエンジョイしていたが、私が当時何よりもエンジョイしていたのは、帰り道の駄菓子屋における、友人達との買い食い・ファンタ1リットル一気飲み・テレビゲーム(ブロック崩し・風船割など)であった。

やや話がそれたが、当時私は練馬区に住んでいたので、通いには中央線を使っていた。
確か武蔵境駅下車だったと思う。

今でもそうかも知れないが、当時の中央線快速はいかにもペンキといった感じのオレンジのベタ塗り一色の車体、中央線の駅々も三鷹を超えると、風景は「田園」といったひなびた風情のあふれるというローカル色豊かなものであった。

ある昼下がり、私はいつものように回数券を握り締め、武蔵境の改札をくぐった。

ホームは屋根こそあるものの、あたりを覆いつくしている熱気に包まれ、恐らくひなたとさして変わらないであろうと思われるほど暑かった。

線路の煉瓦色の敷石は直射日光によって焼け、フィンランドサウナかと思われるような遠赤外線放射熱を放ち、ホームは辺りから立ち昇る陽炎にゆらゆらと包まれている。

列車待ちの客が5~6人、けだるそうに佇む間を抜け、ホームの中ほどまでゆくと、私も列車がくるのを待った。

やがてアナウンスがあり、新宿行き列車がホームに入ってきた。

と、その時、私の視界の端に佇んでいた人影がゆらりと揺れ、まるで入ってきた列車に吸い込まれるかのように線路に身を投じたのが見えた。

近くにいた中年の婦人が、当然の様に叫び声をあげ、列車は急停車した。駅員が数名すっ飛んできて、オバハンの指示する辺りを覗き込んでいる。

人だかり(10人ぐらいしかいなかったが)ができはじめる中、駅助役らしき人の指図の元、列車はゆっくりとバックし始めた。そして問題の地点を通り過ぎ、一同の緊張は高まった。

が、完全に線路が露出しても誰も声を出すものはいない。しばし無言の後、助役は旗を振り、野次馬を追い払い始めた。

何もなかったのである。飛び込み事故なら当然あってしかるべき、色々な痕跡が。

一同キツネにつままれたような面持ちで解散した。列車は10分ぐらいもたもたしていたが、やがて新宿へ向かって走り去った。

確かに何者かが列車に飛び込んだのを見たと信ずる私は、その列車には乗らず、ホームの端に立ち、線路を見下ろした。

煉瓦色の敷石が相変わらず遠赤外線を放っているだけである。

私は首をかしげると振り向いた。同様に怪訝そうにしている先ほどの婦人と目が合った。言いたいことはよくわかる。

私は次にきた列車に乗り、帰宅した。

しばらくの期間は、新聞記事やテレビのニュースなどをチェックしたりしていたが、それらしい報道もなく、結局何でもなかったらしいということになったようだった。

確かに居たと思ったのだが・・・何かが。


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