東西の古典を、きわめて平易な現代語に訳出する試みです。
意によって大幅に構成を改編し、読みやすくするために潤色を施しています。
※超訳文庫は好雪文庫に名称変更しました。【タイトル変更のお知らせ】

updated 2023-01-25

別訳【井上円了】妖怪学

【妖怪学】前書き

2010.08.07

「妖怪学講義」より
 
前書き  by 哲学館主 井上円了
 
さて皆さん、この広大なる現実世界の頂点に君臨し、絶妙の光を放って全てを成り立たせているものがあります。
 
いったいそれは、何だと思いますか?
・・・そうですね、そんなものわかりきったことですよね。
 
それはまさに、人間そのものであります。
つまり、個々の人間の認識能力こそが、森羅万象を作り出しているということです。
 
例えるならば、心というランプ(ロウソクでも可)にともされた灯火のようなものでしょうか。
 
そしてその灯火を輝かせ続けるための燃料は何かといえば、それは学問によって身につけた知識なのであります。
知識が多く、深くなればなるほどその灯火は輝きを増し、より遠くのものまで照らし出せるようになるでしょう。
この文章を書いている私はもちろん、これを読んでいる貴方だって、既にその灯火がなかなかいい感じに燃え盛っているのです。
 
これからも、もっともっと輝かせ続けるためにはどうしたらよいのでしょうか?
・・・とまぁ、実はそれが、私が「妖怪学」などという学問を打ち立てようと思い立った動機なのであります。
 
今まさに明治維新が成立し、我が国の近代化は一気に進みつつあります。
軍事・民事ともに、その技術は目覚しい発展を遂げようとしているのです。
海には動力船が浮かび、陸には鉄道が敷設され、全国くまなく電信・電灯線が設置されました。
2、30年前に比べたら、これはもう、まるで別世界のような変わりようです。
あらゆるものごとが、見違えるように便利になりました。
しかしながら、世間を見れば依然としてバカモノはバカのまま、わけもわからず苦しむばかり・・・
つまり、このところの近代化はあくまでも物理的な側面のみのことであり、人間の心は旧態依然としたままであるということです。
 
こういったバカモノどもの心の山奥まで鉄道を敷設し、知識の電灯をともしてやって初めて、明治維新は本当に成立したといえるのだと、私は考えるのです。
 
そのためにはどうしたらよいのでしょうか?
 
そうです。今こそ「妖怪学」の出番なのです!
私の唱える「妖怪学」とは、まさに心の中に新しい電球をとりつけるためのものなのです!
 
さて、それではその「妖怪学」とはいったい何ものでしょうか?
ひとことで言うなら、「妖怪の原理を研究して、その現象を解明するための学問」ということになります。
 
それでは「妖怪」とはいったい何ものでしょうか?
ある人は「妖怪とは幽霊のことだ。」と言い、またある人は「いやいや、天狗こそが妖怪だ。」と言い、「いやいや、キツネやタヌキが人を化かすのが妖怪でしょ?」、また「鬼神の類が人間に取り付くのを妖怪って言うんだよ!」などと言う人もいます。
 
その他、熱さを感じない火、奇妙なかたちの植物なども妖怪だと言われていますが、それらは皆、妖怪が起こす現象の話なのであって、「妖怪」そのものの説明にはなっていません。
 
さぁ、それでは「妖怪そのもの」とはいったい何ものか、ということになると、これはなかなかハッキリとした説明をするのは難しく、「異常」とか「変態」とか「不思議」とか言ってみたところで、結局のところ「妖怪は妖怪だ」という域を出ません。
 
この論法を用いるのであれば、まず、「正常」とはどういうものなのか、「思議」とはどういうことなのかをちゃんと定義する必要があるのです。
 
「それじゃ、結局「妖怪」が何ものかなんてわかりっこないんだね!」ということにしてしまえば、それまでの話ではありますが、それじゃあまりにも情けないので、なんとか「妖怪」そのものをじっくり研究して説明できるようにしたい、というのが、つまり「妖怪学」であるというわけです。
 
世間の人たちを見ると、要するに「自分の知らない、わからない」ことがらを「妖怪」と呼んでいるようです。
そういう意味では、ある人が「妖怪だ!」と思うものは、別の人にとってみれば「妖怪でもなんでもない」ありふれたものとなる可能性があります。
 
つまり、何も知らないバカモノにとっては、見るもの聞くもの全てが「妖怪」となるわけです。
 
学者たちはそこら辺のバカモノよりはものごとを知っているわけであるので、そこら辺のバカモノが「妖怪だ!」というものをとらえて、「妖怪でもなんでもない!」ということが可能です。
 
しかし、それでは学者たちにとっては「妖怪など全く存在しない」のかというと、全然そんなことはないのです。
 
そこら辺のバカモノが「妖怪は存在する」と考えるのは、例えれば舟に乗って移動しながら岸を見て、「陸地が動いている!!」というのと同じです。
 
学者はそれを聞いて大笑いするわけなのですが、なんとこれは太陽が上り下りするのを見て、「地球は動かない!」というのと同じで、レベルの違いこそあれ、大同小異です。
 
そもそも学者たちが「実在する」という前提で研究にいそしんでいる事物もまた、実に「妖怪」だからです。
 
空を見上げれば太陽・月・星が並んでいますが、これらがなぜそうであるのかを完全に説明することは未だにできておらず、全て「妖怪」と言ってよいでしょう。
 
地上には山・川・草木などが溢れていますが、これまた同じく皆「妖怪」。
 
そよぐ風は木の葉を鳴らし、小川のせせらぎは岩の間をぬって流れ、人は出会って喜び別れて悲しむ。
 
これこそ妖怪の最たるものではありませんか!
 
「水」はいくつかの分子で構成されており、分子は元素によって成り立つと言いますが、それではその「元素」はいったい何からできているのかと問われれば、答えられる人はいません。
なんと、小さな水の中には「小妖怪」がいるのです。
 
我らが把握できる最も大きなものは「宇宙」ですが、これこそ人知の及ばぬ「大妖怪」です。
つまり、大小の両端に「妖怪」が立ちはだかって、人間は外へ出ることができないというわけです。
これはまさに、「真の妖怪」と呼ぶべきです。
 
それでも人間は、「知識」という名のハシゴをかけ、妖怪のカベを乗り越えようと努力しています。
 
本当の妖怪とは何であるのかをハッキリさせ、それを乗り越えることに労力を集中させるためにも、ちょっと考えてみればわかるようなくだらないものごとを「妖怪だ!」などというのをやめさせたい。
 
それこそが、「妖怪学」の目的であるのです。
 
(続く)

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