東西の古典を、きわめて平易な現代語に訳出する試みです。
意によって大幅に構成を改編し、読みやすくするために潤色を施しています。

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超訳【井上円了】妖怪学

失念術

2005.12.29

教育学部門付録「失念術講義」より
世間の人々は、「スーパー記憶術」などと言っちゃって、いかに物事を覚え、忘れないようにするかに血道をあげているようだが、そもそも人間の覚えておける分量には自ずと限界があるのだ。
なんでもかんでも無限に詰め込めるわけではない。
記憶量に限界がある以上、古いメモリーを削除しないと新しいことは覚えさせられないという寸法だ。

だいたい、つまらないことばっかり覚えていて、肝心のことがちっとも頭に入らないということは、私も含めてよくあることなのではないだろうか。

はたまた、実にしょうもないことに頭を煩わされて、本来幸福であるべき人生を、必要以上に辛いものにしている人も多いようにお見受けする。

これらは全て、「忘れるべきことを忘れられない」ことに由来するのである。

もし、「失念術」を会得することができれば、記憶を助けるばかりではなく、大いに人生を幸せなものにすることができるというわけである。

失念術には、大きく分けて物理的・心理的の2種がある。

物理的失念術とは、スポーツや医療を組み合わせた身体の養生によって血の巡りをよくして、その間接的な効果としてストレスを解消しようというもので、直接的な失念術とは違う。

心理的失念術こそ直接的な失念術ということができるのだが、それにも、感覚的・思想的の2通りがある。

感覚的失念術とは、5感などの働きによって人の注意をそらさせ、それによって失念させようというものである。

  1. 視覚的失念術:とても美しいものを見ることによって忘れる。
  2. 聴覚的失念術:美しい音楽、歌声などを聴いて忘れる。
  3. 触覚的失念術:暖かい風呂などに入り、忘れる。
  4. 感覚的失念術:いい香りを嗅いで忘れる。
  5. 体覚的失念術:酒を飲んで忘れる。

これらは多く美術・芸術に関連するものである。
後述する思想的失念術は、多少「学」が必要になってくるため、無知無学の輩にとっては、この感覚的失念術以外ではストレスを解消することは不可能なのである。

美人を見ながらいい音楽を聴いて、いい香りを嗅ぎながら風呂に入って酒を飲むという感じか?:訳者記

※実施にあたって2点だけ注意事項有り。

  1. 普段悩んでいることと全く関係ないものを選ぶべし。
  2. 自分の趣味嗜好にあったものを選ぶべし。

思想的失念術は、思想そのものの力によってストレスを解消、または発想を転換し、いらん記憶を発展的に解消しようというもので、まさにオススメなのだが、バカにはできないのが辛いところだ。
方法は色々有りうると思うのだが、以下にいくつか例示する。

  1. 再現的失念術:幼少の頃の楽しかったこと、または歴史上の事柄を回想し、その当時の愉快なる状況を再現し、現在の不平を解消する。
  2. 想像的失念術:自分にとって最高に都合の良い「極楽世界」を思い浮かべて楽しむ、または昔の、あるいは自分の詩や文章を工夫、玩味して楽しむ。
  3. 推理的失念術:理学的知識を動員して、新しい器械などを工夫、発明することに没頭することで他のことを忘れる。または「万有の哲理」「宇宙の真理」などの探求に没頭し、我を忘れる。
  4. 世外的失念術:老子や荘子のごとき虚無恬淡、無為自然の理をたのしみ、世間のいわゆる不幸、災難などを全く気にかけなくする。または、仏教のごとき解脱の法を講じることで世俗を超越し、喜怒哀楽を超えて独歩する。
  5. 理外的失念術:座禅などによって心を道理・物心を超えた境地に到達させる。または、信仰・崇拝などによって、心を理屈を超えた神仏・天帝に帰依させ、心の平安を得る。

要するに、何かを忘れるには「宗教にハマる」のが一番手っ取り早いということである。

上記の2法以外にも失念術はある。

  1. 転境的失念術:引っ越す、転職する、つきあう相手を変えるな  どの方法によって物理的に境遇をかえることで、精神状態や思考回路にも好影響を与える。
  2. 遊興的失念術:ゲームやギャンブル、コンサートや映画などに没頭して嫌なことを忘れる。
  3. 発声的失念術:大声で歌う、または文章を朗読する、またはお経を読むなど、発声によってストレスを解消し、最高にグルービングな気持ちになる。

まだある。
繁華雑踏的失念術である。
一般にストレスや悩み事で疲れたら、「何もしないで静かなところで休むのがよい」などと言われているが、必ずしもそうではない。うるさかったら眠りにくいが、逆に妙に静かだとかえって眠りにくいものである。多少、雨音や虫の声などが聞こえたり、燈火が揺らめいたりしていた方が眠りやすいものである。
つまり、静閑無事ではなく、むしろ多事多忙の境遇に身を置き、終日奔走するならば、どれだけ憂慮すべき大事なことでも、考える暇が全くないので、きれいサッパリと忘れちまったりすることが可能となるわけである。

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