東西の古典を、きわめて平易な現代語に訳出する試みです。
意によって大幅に構成を改編し、読みやすくするために潤色を施しています。

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超訳【維摩経】

第13話 持世菩薩

2006.12.23

菩薩の中のエース弥勒菩薩に断られたブッダは、持世菩薩(ヴァスンダラー)に声をかけました。

持世菩薩は、大地(ヴァス)を保持(ダラー)するというその名の通り、富と豊穣を司るとされた超人です。

「持世菩薩!お前、行きなさい!!」

持世菩薩は言いました。

「いやいやいや・・・それはちょっと出来ない相談です。
まぁ、私の話を聞いてください。
ある日のことです。
私はいつものように、キレイに片付けた自室で、心静かにしておりました。
すると何やらにぎやかな音がして参りまして、何事かと思って外をのぞいてみると、帝釈天(古代武神インドラ)さんがギターとドラムとヴォーカルのパートを一人でこなすという超絶技巧を披露しながら通りを流してくるところが目に入りました。
その器用さはそれだけで充分に瞠目すべきものでしたが、なんとビックリなことに、むっちゃイケてる別嬪さんのグルーピーが1万2千人も彼の後ろに付き従って、ノリノリで歌い踊っているではありませんか!
私が最早感心を通り超えて呆れ果てていると、帝釈天は私が見ていることに気がついて、こちらにやってきたのです。
彼は演奏をストップすると、大勢の取り巻きどもとともに私の足元にひれ伏しました。
私は彼に言いました。
「帝釈天さん、あなたがカリスマ的技巧の持ち主で、歌唱力もルックスもこの世に並ぶ者が無いほどの大アイドルであることは私も認めます。でもね、あなた、もうちょっと遠慮して生きた方がいいんじゃない?あんまり調子に乗っていると、破滅するのも早いよ。そんな例はもう過去にたくさんあるんだから。」
・・・いや、決して彼がモテモテなのが羨ましいとか、ひがんでいるとかではないんですよ。
もうちょっと生活態度を慎んだ方が、芸能生活を長く楽しめるということを教えたかっただけです。
すると、彼はこんなことを言い出しました。
「はい、あなた様のおっしゃることはいつでも真理にかなっています。そんなつもりはなかったのですが、確かに大勢のグルーピーを連れて練り歩くのはちょっとやり過ぎだったかも知れません。今、私は幸いなことにあなた様のご指摘を受けることができました。私は今までの行為を即刻反省することにします。その手始めとして、私はまず、この場限りで、このグルーピー美女たちを手放すことにします。菩薩よ、どうでしょう?この1万2千人の美女たちを全員あなたにさしあげます。身の回りの世話でもなんでも、メイドとしてこき使ってやってはくれませんか?彼女たちには、あなた様に尽くすように私からよく言っておきます。これは私の改心のしるしなのです。どうか快く受け取って下さいますように!」
もちろん私は断りましたよ。
「・・・いや、気持ちは嬉しいんですがね。ちょっとね、戒律がね、色々最近うるさくてね、いやホント、気持ちは嬉しいんですけど、ちょっと受け取り兼ねるっていうか、何と言うか・・・」
私がそう言いかけたその時です。
いつの間にやってきたのか、維摩さんが私のすぐ横に立っていて、こう言ったのです。
「菩薩よ、だまされてはなりません!
こいつは帝釈天なんかじゃない。
パーピーヤス(波洵)という名のとんでもない悪魔が化けているのです!」
ええええっ!?っと私が驚いていると、維摩さんは続けて言いました。
「おいお前!女たちを手放すと言ったよな?どうだ、ひとつこうしようじゃないか。わしがその女たちをもらい受けよう。わしみたいな人間にこそ、彼女らはふさわしいのじゃないかな?」
それを聞いて、帝釈天に化けた悪魔はのけぞりつつ心の中で思いました。
「うわっ、やべぇ・・・ややこしいオッサンが出てきちまった!!
落ち着け!落ち着くんだ自分!!
維摩のペースに巻き込まれないように気をつけなきゃ!
・・・ダ、ダメだ!もう完全に彼のペースに呑まれちまってる!
そうだ、バックレよう!それがいい!」
ところがなんということでしょう。
悪魔がその超能力を全て駆使しても、逃げることはおろか、姿を隠すことさえもできないではありませんか!
悪魔が悶えていると、何者かがかれの頭の中に直接話しかけてきました。
「おいおい、お前さんともあろう悪魔が、いったい何をうろたえているんだい?やっちまえよ、女たちなんて。そうすりゃ、少なくともお前だけはバックレられるだろうよ。」
悪魔は「うっ・・・それは確かにそうかも。」と思いましたが、なかなかすぐには思い切れずに、上を向いたり下を向いたりしてひとしきり煩悶した挙句、とうとう女たちを維摩さんに与えることに同意したのでした。
そこで維摩さんは女たちに言いました。
「さあさあ、悪魔はお前たちを私にくれると言ったぞ。
では、私はご主人様として命令する。
お前たちは全員「悟り」を求める心を持ちなさい!」
その他色々の教えを説いて、維摩さんは1万2千人の美女たちの心をその場でガッチリとつかんでしまいました。
彼はさらに言いました。
「はい!皆さんは既に「悟り」を求める気持ちになりましたよね?
「悟り」を求めるのはとっても楽しいことです。
その楽しさは全てのことに勝ります。
だから、今後は二度と、五感(見たり聞いたり食べたりetc.)の楽しみを求めないように!」
女たちは言いました。
「ええっ!?五感以外の楽しみですって?・・・もう少し詳しく教えていただけませんでしょうか?」
維摩さんは答えました。
「うむ。それは例えばこういうことじゃ。
仏を信じることを楽しみ、その教えを聴くことを楽しみ、衆生を供養することを楽しみ、五感の欲望から離れることを楽しみ、「個々人の内面」などというものはゴーストタウンのようなものだと思うことを楽しみ・・・と、まぁ、言い出したらきりがないが、要するに善いものに近づき、悪いものから遠ざかることを楽しむようにしろ、ということじゃ。」
女たちが彼の言葉に真剣に聴き入っているのを見て、悪魔の心は大きく揺らぎました。
そしてついに堪えかねて悪魔は女たちに懇願しました。
「お、おい、お前たち!まさかこんなジジイの言うことを真に受けるわけではあるまいな?頼むからもうこんなところはオサラバして、私と一緒に天空の城に帰ろう!さっきお前たちをこのジジイに与えるなどと言ったのは、あれは、きっと彼の術にはまったからなのだ。私はお前たちを手放したくない!お前たちがいなければ、私はどんな超能力を持っていたところで、ちっとも楽しくないのだ!お願いだ!私と一緒に帰ってくれ!!」
女たちは困惑した表情で言いました。
「・・・でも、私たちは既に、このご老人をご主人様と呼んでしまいました。それに、新しいご主人様の言うとおり、私たちは最早、五感の楽しみだけでは物足りないのです。」
悪魔はなりふり構わず維摩さんにくってかかりました。
「おい、オッサン!今すぐに、この女どもを捨てるんだ!!
全てのものを捨てて人に与える者、それが「菩薩」ってやつだろう?!」
維摩さんは悪魔の見苦しい態度にも関わらず、超然として言いました。
「うむ、そうだとも。お前の言う通りじゃ。実は私は既に彼女たちを捨てている。どうぞ全員連れて帰るがいい。」
ビックリしたのは女たちです。
「ええええっ!?私たちを捨てた?!・・・ていうか、何で私たち、今さら悪魔の城に戻らなければいけないの???」
維摩さんは言いました。
「うむ、皆、よく聞きなさい。
私が先ほどお前たちに伝えたもの、あれは「無尽灯」という奥儀なのじゃ。
たったひとつの、ほんの小さな灯火でも、それを使えば百、千の灯をともすことができる。
いずれ灯は満ち溢れ、遂には全ての暗闇を打ち消す時がくるが、それでもその灯はなくなることはないのじゃ。
おわかりかな?
ただ一人でよいのじゃ。
たった一人でもよいから、ほんのわずかでも「悟り」を目指す心を持つことができたなら、それはこの先無限に増えることはあっても、決して無くなることはないのじゃ。
これをワシは「無尽灯」と名づける。
お前たちはこれから悪魔の城に帰る。
それでも、一度でもこの「無尽灯」の奥儀に触れたからには、最早お前たちは以前のお前たちではないのじゃ。
戻った先々で、無数の天人天女たちに、正しい「悟り」を目指す心の灯火をともしてゆくように!
よいな?・・・」
それを聞いた1万2千人の美女たちは、一斉に維摩さんにひれ伏しました。
見るとあの悪魔パーピーヤスが、維摩さんの足にすがり付いて涙を流しているではありませんか!
次の瞬間には、悪魔も天女も全て一瞬で消えうせたわけなのですが・・・
あのパーピーヤス(波洵)という悪魔は、菩薩たちの持つ神通力を全て備えている上に、仏教の知識もあるという極めてタチの悪いヤツなのです。
そもそも世尊よ、あなたが究極の悟りを得ようとした時に最後まで邪魔をしたのも、またの名を「第六天魔王」と呼ばれるこの悪魔だったんじゃないですか?
私なんか菩薩なのに、一発でだまされちまいましたよ・・・
そんな恐ろしい悪魔が泣いて赦しを請う。
そんな男のところになんて、とてもではないですが、一人で行く気はしませんね。」

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