NAGARJUNA · MULAMADHYAMAKAKARIKA
龍樹(ナーガルジュナ)
「空」の思想を、対話で読む。
仏教思想史に大きな足跡を残した龍樹と、その主著『中論』。難解で知られる「空」の理論を、論争の場面として大胆に読み替えます。
ABOUT NAGARJUNA
仏教中興の祖と呼ばれた思想家。
西暦二百年頃、仏教の教説が分かれ、互いに論争を繰り広げていた時代に現れた龍樹(ナーガルジュナ)。後世には「八宗の祖」と呼ばれ、宗派を超えて尊敬を集めました。
主著『中論』は、ものごとがそれ自体で固定的に存在するという考えを問い直し、「空」の思想を論理的に示した書物として知られます。本ページには、旧書庫で公開していた一篇を収録しています。
FROM THE MULAMADHYAMAKAKARIKA
「空」の理論は仏を破壊するか!?
2007.7.9
龍樹『中論』より
ケンカ相手:
「じゃあ、つまりお前はこう言いたいんだな?
『全ては「空」である』と。
もしもそうだとしたなら、「生じる」ことも「滅する」こともないということになるんだぞ!
「発生」と「消滅」の両方がないのだとすると、以下の4つもないということになる。
- 何かを「知る」こと
- 悪いオコナイを「断つ」こと
- 良いオコナイを「修める」こと
- 究極の境地(ニルヴァーナ)をゲットすること
これら4つが「ない」となると、以下の4つもなくなっちまう。
- 修行や学習の「結果」
- 目標に向かって進む「努力」
- 修行をする主体である「人たち」
- 根源的な「正しい教え」
「正しい教え」がなく、それを実践しようとする「人たち」もいない。
したがって、「仏」などというものは成立しない。
キサマ、そんなんでいいと思ってんのか!?
「空」などとぬかすのは、「仏」を破壊せよと言うのと同じことだ!
ひいては、世間の秩序すらも乱すものだ!!
なんとか言ってみろ!オラオラオラ!!」
ナーガールジュナ:
「おいおい、オッサン、勘弁してくれよ。
まったく、これだからバカの相手は疲れるんだ。
オマエ、さっきから黙って聞いてりゃいい気になりやがって。
いいか、よく聴けよ?
どうやらオマエさんは「空」が気に入らないらしいが、「空」がなんだか、ちゃんとわかった上で批判してくれよ。
アンタ、「仏」を信じてるんだろ?
じゃあ当然、「仏」が2種類の表現を使い分けていたことも知っているハズだよな。
・・・知らない?
どうしょうもねぇな、まったく!
「究極の真理」というのはひとつしかないのだが、それは世間一般で使われている言葉では、とても表現できないものなんだ。
とはいえ、世間一般の言葉を使わなければ、それを伝える手段もない。
だから「仏」は、「真実だが言葉ではいえないもの」と「言葉になっているが真実とはいえないもの」の2つを使いわけるしかなかったんだよ。
「仏」が究極の悟りを得た時、「ああ、こりゃ、バカには説明しようがないや。」と考えたのは、どうやら正しかったようだな。
「空」に関して生半可な知識をひけらかしてはいけない。
それはたとえるなら「いい加減に捕まえた毒蛇」、あるいは「完全にマスターしていない魔術」みたいなもんだ。
「バカは死ななきゃ直らない」とはよくいったもんだが、「空」をいい加減に扱うと、まさに、バカがそのバカさゆえに死ぬことになるんだぞ!
だいたいだな、オマエがいくら「空」の悪口を言ったところで、オレ様は何のダメージも受けやしない。
「空」には「欠点」という概念が入り込む余地なんか、これっぽっちもないからだ。
「空」は、ありとあらゆるものに適合する。
また、「空」は、ありとあらゆるものに適合しない。
つまりオマエが口を開いてものを言えば言うほど、自分のバカさ加減を丸出しにしていることになるのがわからんのか!?
オマエがやっていることは、自分も馬に乗っているくせに、馬に乗る人の悪口を言うことと何の違いもないということを思い知るがいい!!」
(続く)