別訳【祖堂集】

初代 ビバシ仏

2009.3.7

 
想像を絶するほどの遥かな昔、ビバシ(毘婆尸、vipasyin)という名の王子がいました。
「ビバシ」とは、「全てのものを正確に見通す」という意味です。
 
彼の一族は、代々「コンダンニャ氏」と称していましたが、「コンダンニャ」とは、「火」のことです。
 
両親は「バンズマー」という名で、居城も「バンズマティー城」と呼ばれていました。
「バンズマー」とは、「サラブレッド」という意味です。
 
ビバシ王子は、悟りを得て初代の「ブッダ」となったのですが、それは次のようなものでした。
 
「ああ、そうだったのか!
 
我々人間はみな、喜怒哀楽に翻弄されて日々をおくっている。
罪を得れば苦しみ、幸福なことがあれば嬉しがる。
 
だが、そんなもにこだわる必要は、まるでない。
というか、こだわりたくてもこだわりようがないのだ。
 
私はこれまで、喜びや苦しみが生まれるのは「心」や「意識」があるからだと考えていたのだが、それが実在することを確認しようとしても不可能であることを、ついに理解した!
 
「心」や「意識」はどこにあるのか?
 
それは自分の身体の外にあるワケがない。
 
それではこの身体の中にあるのか?
 
しかし、「この身体」などといったところで、こんなものは各種の元素が寄り集まって、たまたま今の状態になっただけのものだ。
 
いずれまた分解して元素に戻る時がくるのだが、その時にどれほど観察してみても、「心」や「意識」を見つけることはできない。
 
つまり、身体の中にもなかったのである。
 
従って、人はみな、それぞれに「特徴がある」と考えるのは間違いだ。
 
操り人形がアレコレとポーズをとって、あたかも生きているように見えたところで、それはやはり人形に過ぎず、「心」や「意識」を持ってなどいない。
 
それではその人形を操る人には「心」や「意識」があるかというと、あるわけがないのである。
人間の身体も、人形の身体も、各種元素の寄り集まりであるという点において同じだからだ。」