好雪片片【怪奇編】
天王山の怪:1.むじな
2005.8.6
ある日、すっかり夜になってしまってから、いつものように一人で走りにでかけた。
線路脇の道を走り、登山道の入口から急坂を登っていく。
このあたりは、夕方ぐらいだと犬の散歩客などが時折いたりもするのだが、暗くなってからはほとんど、というか全くひとけがなくなる。
今日は遅くなっちまったから、宝寺で引き返す「軟弱コース」にしとくか。などと思いつつ登っていくと、道端の真っ暗な茂みの中になにか光るものが動くのが見えた。
「?」と思い、一瞬足が止まった。
そしてバッチリと目があった。
縦長に開いた瞳孔、金色に光るそれはまさしくなにかの動物の眼だった。
「猫か?」と思った刹那、それは茂みから飛び出して、側溝に飛び込むと姿を消した。
あれは猫ではなかった。
私の知りうる限り、あれは「タヌキ」だ。
へぇ、いるんだなぁ、こんな人里近くに。
と思いつつ、ジョギングを続ける。
そしてその帰り道、今度は坂道を下りていこうとすると、なにかが登ってくる気配がした。
樹々に覆われて、真っ暗な坂の闇の中から、走って登ってくるものがある。
「はぁっ、はぁっ・・・」と苦しげな息づかいが徐々に近づいてくる。
こんな時間に何事?と自分のことは棚に上げて薄気味悪く思っていると、白いランニングシャツ姿の小太りのオッサンが一心不乱に走ってくるのが見えた。
なぁんだ、と思って走りながら擦れ違った。
と、その瞬間、オッサンの息づかいが聞こえなくなった。
背筋に冷たいものが走り、とっさに振り向いた。
・・・誰もいない。
その道は一本道。隠れるところはない。
数軒民家があるが、特に誰かが戸を開けて帰っていくような気配もない。
反対側は大念寺の墓地へと続く、急峻な階段があるのみ。
やられた・・・
タヌキは本当に人を化かすのだ。
翌日、明るいうちに現場を見に行った。
オッサンと擦れ違った場所はやはり、タヌキの眼を見たあの場所で、よくよく見ると、その道端にはなにかの結界を示す小さな石碑が半ば埋もれるように立っていたのであった。