東西の古典を、きわめて平易な現代語に訳出する試みです。
意によって大幅に構成を改編し、読みやすくするために潤色を施しています。
※超訳文庫は好雪文庫に名称変更しました。【タイトル変更のお知らせ】

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好雪ひらひら

【夢魔の書】残魂譚

2005.7.11

その宿の部屋は広かった。
(寝室と、居間の二間があるというホテル風の間取り)
 
入った瞬間、妙な感覚を覚える。というか、とりあえずカビくさい。分厚い濃緑色のカーテンを一日中閉めきりにしていたからだと思われる。
 
まったく、日中ぐらい窓を開けて風を通せよな。
と、心の中でつぶやきつつ、クローゼットの上に荷物を放り出し、ベッドに身体を横たえた。白い天井が見える。
 
漆喰か?かなり年代物の建物だな。
さぁ、とっとと寝るか、明日は仕事だ。国外出張も楽じゃない。
 
小腹が空いていたので、カバンを開けると、スナック菓子を取り出し、少し食べてから洗面所に行き、口をゆすぎ、顔を洗う。
 
顔を拭き終えて、ふと見ると、風呂場の電灯がついている。おかしいな、消したはずなのに。というか、俺使ってないぞ!
 
電灯を消して戻ってみると何かおかしい。
荷物の位置が微妙に変わっている。
それからスナック菓子が明らかに減っている。
 
荷物の前に立ったまま、周囲に神経を巡らせてみる。
間違いない。気配がする。誰かがいた、あるいはまだいる。
でも邪気は感じない。
 
ふと、この地方に伝わる妖精の伝説を思い出した。
いたずらが大好きで、しばしば人々を困らせるので、いまだに「魔女」と呼ばれるお祓い専門の人がいるという話だったか。
 
そのまま振り向くと、ソファーに深く腰をおろした。
 
「出てこいよ。いるんだろ?そこに。」
 
言い終わるやいなや、カーテンの裏から、クローゼットの下の段から、そして私の座っているソファーの下から、彼らは姿をあらわした。
 
本当にいたのか!
驚きを必死に押し隠しつつ、彼らをよく見てみる。
男の子だ。3人いる。目が青い。兄弟か?
 
一番大きい子が10歳ぐらいか?ちょっとぽっちゃりしている。
2番目の子は8歳ぐらい?まぁ普通の体格。
一番下の子は5、6歳ぐらいだろうか。とても痩せている。
 
皆、叱られると思ってか、少しおびえたように、上目遣いにこちらを見ている。
 
拍子抜けした私は、笑いながら言った。
「食べなよ。お腹空いてるんだろ?」
 
とても嬉しそうな笑顔を浮かべると、彼らは残りのスナックを食べ始めた。
 
さて、どうするかな・・・
とりあえずフロントで相談してみるか。
 
立ち上がってドアに向かうと、彼らが心配そうにこちらを見た。
 
「ジュースを買ってきてやるよ。」
安心した彼らはまたスナックを食べだした。
 
エレベーターで1階のフロントに行くと、60歳ぐらい?の女性がいたので話しかける。
 
「ジュースをください。それから「魔女」・・・」
 
突然気配を感じて振り向くと、先ほどの3人がこちらを見つめていた。一番大きい子は明らかに怒っている。
 
一瞬凍りついたが、手を差し伸べて言い訳しようとした途端、彼らは逃げ出した。
 
「ちょっと待って!」思わず声をあげ、追いかける。
 
閉まりかかっているエレベーターの扉に手をかけ、中から一番小さい子を引きずり出した。
 
「すまん。もう何もしないよ。本当だ!」
というと、残りの二人も不承不承出てきた。
 
フロントのおばさんやホテルの従業員が数人、何事かと思って立ちつくしている。
 
「ああ、ジュースをください。それから何か食べ物はありますか?」
 
じきに飲み物、食べ物が運ばれてきて、こどもらは一心不乱に食べ始めた。
 
しばらくすると、一番小さな子が私のところにやってきて、人懐こそうに笑うと、膝の上に身体を横たえた。
 
「どうしてあんなところにいたんだい?」と尋ねてみる。
「さぁね。もう忘れちゃったよ。」
 
「いつ頃からいるんだい?」
「さぁね。もう忘れちゃったけど、死んだのはついこの間だよ。」
 
「それまではどうしていたの?」
「う~ん・・・あんまり覚えてないけど、ずっとあの部屋で隠れながら、外から来た人の持っている食べ物をこっそり食べてたんだ。でも、全然おなかがいっぱいにならなくて、そのうち眠くなってきてね・・・」
 
「で、どうしたの?」
「うん、動けなくなっちゃったから、多分死んだんだと思う。ああ、死にたくない!って思ったことだけは覚えているよ。」
 
彼は満腹になったのか、幸せそうな笑みを浮かべながら目を閉じた。
 
何ということだ・・・
彼の小さな胃袋は、こんなにも簡単に満たすことができたのに、私には彼を救うことができなかったのだ。
 
彼を強く抱きしめると、私も目を閉じた。

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