別訳【風姿花伝】
まえがき(世阿弥による序)
2011.6.5
申楽(さるがく)というのは、要するに神様に対して「長生き」をお願いするための儀式の一種なのですが、そもそもいつ頃から始まったのかというと、実はハッキリとはしていません。
古代インドから伝えられたとも、神々の時代から既にあったともいわれていますが、いずれにしても大昔のことなのは間違いないでしょう。
ですから、これが「元々はどんなものであったのか」というのは、正直なところ、もはや誰にもわからないのです。
まぁ、世間一般では、推古天皇の時代(西暦600年頃)、聖徳太子が私の祖先である秦河勝(はだのこうかつ)に対して「なんか楽しいことはないか?」と尋ねられたのがキッカケとなって一大演芸大会が催されたのが始まりだということになっています。
その後は四季折々のイベントとして定着し、奈良の春日大社や滋賀の日吉神社に勤務していた河勝の子孫たちがそれを受け継いで今に至るという次第。
そういった経緯もあって両神社ではこのイベントが頻繁に催されるため、奈良や滋賀には申楽のイベントスタッフがたくさん住んでいたりします。
申楽というのは「人を楽しませてナンボ」です。
ですから、古いやりかたにこだわるばかりではなく、新しい要素を常に取り入れるように心がけなければなりません。
とはいっても、ひたすらウケを狙うあまりに道を踏み外すようなことがあってはいけません。
「日常の言動が折り目正しく、その立ち居振る舞いも見ていて気持ちがいい」というのであって、ようやく「ちゃんと伝統を受け継いでいる達人」と呼ぶことができるのです。
もしも「そんな風になりたい」というのであれば、日々精進あるのみです。
専門外のことに手を出しているヒマなど、あるわけがありません。
ただし、この芸においては特に「文才」がモノをいいますので、作文・作詩の能力だけは別途力を入れて磨きをかけるようにしたいところです。
私、世阿弥こと秦元清が37年間の人生で知り得た芸のポイントを、この際メモにして残したいと思います。
- 女遊びはほどほどにしろ
- ギャンブルはするな
- 酒を飲み過ぎるな
この三つは私の父である観阿弥こと秦清次からいつも厳しく戒められていたことです。
- ひたすら稽古あるのみ! 思い上がったり揉めごとを起こしたりしているヒマなどあるもんか!!
・・・ともよく言われましたっけ。