別訳【列子】
1-14-A 杞憂異聞
2010.7.3
悠久の歴史を持ちながら、今はすっかり落ちぶれ果ててしまった某小国でのこと。
ある2人が何やら話し込んでいます。
A:「おまえ、よくそんな呑気でいられるな! オレはもう毎日心配で心配で仕方がないというのに。
夜もおちおち寝ていられやしないし、メシもろくろく食う気にもなれないよ・・・」
B:「またその話かよ! だいたいオマエは気にしすぎなんだよ。
オレはむしろオマエがうるさく騒ぎたてるのが気になって、夜も寝られないしメシものどを通らないよ・・・」
A:「何が気にしすぎなもんか!
万が一、妙な連中が政権を握るようなことになれば、オレたちはもう終わりだぜ!?
そんな不安定な状況下でのほほんとしていられるヤツの気が知れないよ!」
B:「大丈夫だって! 国民だってバカじゃないから、そんな変な政権は選択しないよ。
それに、大臣だとか代議士だとかいったところで、別に神でも魔物でもなくてオレたちと同じ人間だぜ!?
ヤツらだってそんなムチャをしたら自分も困ることぐらいわかるだろうから大丈夫だよ!」
A:「ナニ言ってんだよ! これだから歴史に学ばないヤツはダメなんだ。
この間の戦争のことを忘れたのかよ?
国土の大半が破壊され、多勢の人々が命を奪われることになった、あの戦争を!!
あの時のリーダーはもちろん神や悪魔ではなく、オレたちと同じ人間だった。
そして、内実はともかく、形式上は我々が選出した連中だったじゃないか。
しかも選ぶにあたっては、それなりにちゃんと考えたつもりだった。
で、気づけばあのザマだ・・・ なにが大丈夫なもんか!!」
B:「いや、あれは一部の連中が暴走したのが原因だ。
暴走を許してしまった我らに責任がないとまでは言わないけど、制度自体に問題があったとは思わないね。
そもそも、皇帝陛下がおられる限り、我ら国民は皆、安泰だよ。」
A:「あの時だって、皇帝陛下はいらっしゃったじゃないか!
なのに何故、あんなことになったんだ!?」
B:「だから悪いヤツらが皇帝陛下の威光を弱めてしまったのが原因だって!」
A:「そらみろ! 皇帝陛下といえども陥れられてしまった。
これから先はそうならないと、なぜ言える!?」
B:「大丈夫だって!
皇帝陛下は「天」にも等しい立派なお方だが、それでもやはり、我らと同じ人間なのだ。
あの時は皆、皇帝陛下は我々とは違う「神」であると信じさせられていた。
しかし実際はそうではなく、この国の象徴としての役割を担当する「人間」なのだ。
そして「象徴」は不滅だ。
この「象徴」を各人がしっかりと掲げ続けていく限り、この国は安泰だよ。」
A:「なるほど・・・ それはそうなのかも知れないけれど。
じ、じゃあ、自然災害はどうだ?
このところ、「地球温暖化」の影響とやらで気候不順が続いているそうじゃないか。
このまま「温暖化」が進行すれば南極の氷がとけて海面水位が上昇し、やがてこの国は水没してしまうぞ!
近々、都市部を巨大地震が襲うという予想もなされている。
いくら「象徴」だとか「行政システム」だとかのソフトを充実させたところで、ハード面、つまり国土が消滅してしまったら、それを実施することができなくなるじゃないか!」
B:「いやいや、確かに「ソフト」は「ハード」がなければ動かせないけれども、そこはちゃんと皆考えて対策を講じているから大丈夫だよ。
「温暖化」に関しては、その主因とされている物質の排出量をビックリするほど削減することになっているし、地震に関しては、これまたビックリするほど素晴らしい免震システムを開発済みだ。
近所の役所や小学校は全部建て替えてそのシステムを導入したし、今も水道管を掘り起こして耐震化をほどこしている最中だ。
もし仮に巨大地震が襲うようなことがあったとしても、昔のような甚大な被害にはならないよ。
だからもう心配するのはよしなって!」
A:「なるほどな。そう考えてみれば、とても安心できる気がしてきたぞ!」
B:「そうだって! 大安心だって! そんなことより、さぁ、早く飲みに行こうぜ!!」
これを聞いた評論家は、こう言ってせせら笑いました。
「アホかこいつらは!
これだから我が国は世界の国々からバカにされるんだ。
行政システムなどは「ソフト」だから破壊されないというが、そもそも我が国の今のシステムが最高のものであるとなぜ言える?
仮に今この瞬間最高であったとしても、これから先も永遠に最高であり続けると、なぜ言える?
ちょこざいな技術を弄して既存のハードの保持をはかるのだと言うが、そもそも今の国土自体、大昔のある時突然海底が隆起してできたものであるということを忘れたのか?
突然隆起してできたものが、これから先、突然陥没することはないと、なぜ言える?
もちろん私だって、それらが今すぐ崩壊するなどと言うつもりはないが、この先ずっと崩壊しないと断言するのは完全なアホウと言わざるを得ない。
いつになるかわからないが、そもそもこの地球自体、滅びる時が必ず来る。
その時になっても助かる気でいるというのだからたいしたもんだ。
どこか遠くの惑星にでも移住するとでも言うつもりか?
我らが住める星なんて、ここ以外にあるわけないだろう!」
さて、それらの話を聞いた我らが列先生は、笑いながら言いました。
「なるほど、選挙で変えられるものがあるのかも知れない。
また、選挙では変えられないものがあるのかも知れない。
我が国の行政システムは最高かも最高ではないかも知れないし、「象徴」はこれからもずっと「象徴」であり続ける保証はどこにもない。
また、それらが崩壊したら我々も崩壊するかも知れないし、しないかも知れない。
地球環境を人間の手で崩壊させたり崩壊から救ったりできるかも知れないし、できないかも知れない。
・・・どちらを主張する連中も、なんというか、まぁ、どっちもどっちだね。
お互いに見てきたようなことを言ってはいるが、結局どちらも確実な根拠があるわけではないわけだし。
聞いている分にはどちらも一理あるように聞こえるわけだけれどもね。
例えば、生きている人には、死後の世界などわかりようがない。
また同じように、死んだ人には、この世のことなどわからない。
未来の世界を生きる人には、過去の世界のことがわからない。
過去の世界を生きる人には、未来の世界のことなどわからない。
結局のところ、天地が崩壊するかしないかなんて、わかりようがないのさ。
ハイハイ、やめやめ!
そんなこと、心配したり議論したりするだけムダなことさ。」