別訳【列子】
3-2 You Can Do MAGIC!
2010.7.10
紀元前350年ぐらいの昔、老成子(ろうせいし)という男がいました。
根がマジメな男であり、その勤勉実直な暮らしぶりから周囲の評判も良かったのですが、だんだん自分の人生がツマラナイものに思えてきてたまらなくなり、一念発起「自分を変えよう!」とばかりに当代随一の論理学博士である尹文(いんぶん)先生の門をたたいたのです。
ところが入門してから3年の間というもの、先生は何ひとつとして教えてはくれません。
思い余った老成子は先生の部屋に押しかけて行くと、こう言いました。
「先生! 私のいったいナニが気に入らないのですか!?
私になんか教える気にならないということであれば、私はもうやめされていただこうと思います。
ただ、せめて私のナニがいけなかったのかだけでも教えていただけませんか!?」
尹文先生はそれを聞くと、周囲の者を全員退出させて2人きりになったところで口を開きました。
「ところでオマエさん、いったいワシから何を学ぼうと思ったのじゃ?」
老成子は言いました。
「マジックですよ!
この世に存在するありとあらゆるものを思いのままに変化させ、操ることができるマジックですよ!
それができさえすれば、こんなロクデモナイ世の中でも、ちょっとは面白く暮らせるのではないかと思うのです!」
それを聞いた尹文先生は言いました。
「まぁ、落ち着きなさい。
確かにワシは周の宣王の師匠をつとめるほどの大学者だが、かつてこの国にはもっと凄い人がいたのじゃ。
そのお方こそがワシの師匠なのじゃが、そのお方はもうかなり昔にこの国に愛想を尽かし、西へ向かって去っていってしまった。
その時、まだ若かったワシが声をかけると、そのお方はワシを振りかえってこんなことを仰った。
「オマエの目にうつるもの、またオマエの目にうつらないもの、それらは全てつかの間のマボロシである」、とな。
それを聞いてワシは悟った。
見えるものも見えないものも、世の中の全ては変化していく。・・・あたかもマボロシのようにな。
そしてその技は実に偉大でパーフェクトで、人智でははかり知れないほど奥深い。
これこそが「真のマジック」じゃ。
オマエは「マジック」をその辺の芸人が見世物にしている手品のようなものだと考えているのかもしらんが、そんなのは実に底の浅いものでたいしたことはできやしないし、効果も長くは続かない。
ものごとが発生して成長し、しばらく持続したのちに消滅してゆく。
これを「生」と呼び、「死」と呼ぶ。
そしてその中にこそ「真のマジック」の秘訣があるのじゃ。
なぁオマエ、ワシもオマエもかつて生まれ、この世で暮らしながらやがて死んでいく。
わかるか? つまり、ワシもオマエも既にこの「真のマジック」の一部なのじゃ。
意識するしないにかかわらず、ワシもオマエも既に「真のマジック」を使いこなしながら生活しているのじゃ。
自分自身が既にマジックである!
・・・今さら改めて「マジック」を学ぶ必要などないのではないかな?」
老成子はこれを聞くと家に帰り、3ヶ月の間じっと先生の言葉について考え続けました。
そして遂に「真のマジック」の秘訣を会得した彼は、万物の生死を操り、四季の順序をいれかえ、冬に雷雨を降らせ、夏に氷をはらせ、空飛ぶ鳥に地を走らせ、地を走る獣に空を飛ばせ、自由自在な人生を送ったとのことです。
ただ残念なことに、彼はその秘訣がいったいどのようなものであったのかを書き残さなかったので、もはや今となっては誰もそれを知るものはいないのだとか。