東西の古典を、きわめて平易な現代語に訳出する試みです。
意によって大幅に構成を改編し、読みやすくするために潤色を施しています。
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別訳【中国武術論】

【中国武術論叢】餓鬼の門

2008.9.27

「手熟餘談」二集 「餓鬼門」より
 
中国拳法にたくさんの門派(スタイル)があるということは、皆さん既によくご存知のことと思います。
 
それらを身につけたいと願うものは皆、それら多種多様な門(ドア)のいずれかを開き、この世界に足を踏み入れてゆくのことになるのです。
 
それでは皆さんにお尋ねしましょう。
 
ひょっとして、あなたはまだ知らずにいるのではないですか?
 
数多くの門の中に、「永遠に満たされることのない亡者」=「餓鬼」の世界へと続く門、「餓鬼門(The gate of starving ghoul)」というものがあることを!
 
この恐るべき「餓鬼門」は、一見してそれとわかるようなものではありません。
 
そしてありとあらゆる門は、全てこの「餓鬼門」へとたちまちにして変わり得るのです。
 
大勢の人たちが所属している、とある有名な門派があります。
 
そこでは皆、その門派の練習をしているつもりでいるのですが、実は必死になって「餓鬼」になるための努力をしているのだということに気づいていないのです。
 
・・・何の話か、ですって?
 
よく見てみなさい。
 
あの人たちは皆、自らの「拳」を鍛えているのではありません。
 
「拳を鍛えている自分の姿」に酔っているだけなのです。
 
あれこれと情報を仕入れ、たくさんのフリツケを覚えて踊るその姿は、まるで有名デパートでブランド品を買いあさる連中と同じ。
 
つまりあの人たちは、見た目のよい服を身にまといたいだけなのです。
 
頭のてっぺんから足の爪先まで、四季折々にふさわしいモードでばっちり。
 
格式ばった晩餐会用の大礼服から、夏場に水遊びするための海パンまで、ブランド品で一分のスキもなくキメまくり。
 
「馬子にも衣装」という言葉もあるように、たまにはいいかも知れませんが、所詮「服」は中身をくるむための衣、「中身」にはなり得ません。
 
自分の身体に合わない服は、どんなに見た目がよくても長く着ていることはできないものです。
 
その人本来の美しさ(女性の曲線美、男性の筋肉美など)も表現できないし、第一窮屈じゃないですか。
 
よく言いますよね? 「人にとって「食事」は何よりも重要だ」って。
 
「拳」の訓練は「食事」なのです。 決して「ファッション」ではありません。
 
台湾でも日本でもアメリカでも、小学校ではどこでも昼時になると給食がでます。
 
これは、成長に必要なための「栄養」を補給するためのとても重要な事柄です。
(味はまぁ、オフクロの味に遠く及びませんが・・・)
 
「拳」の訓練も、これとまったく同じことです。
 
基礎訓練は「米、小麦」、基本動作は「野菜」、応用方法が「魚、肉」、人に見せるための演技は「甘いデザート」。
 
それらの素材のバランスをよく考えて、育ち盛りの学生たちに与えないといけません。
 
それも全員一律にやるのではダメで、それぞれの消化能力や発達段階にふさわしい与え方をしていかないと、学生は成長することができないのです。
 
こどもにメシを食わさないですって!?
・・・いずれ飢え死にすること間違いなしです。
 
この事実は、どの門から入っても、同じこと。
 
だから私は、全ての門は「餓鬼門」となり得るというのです。
 
「内面の力」の訓練をともなわずに必死に飛んだり跳ねたりしたところで心が強くならないのは勿論のことですが、身体だって強くなりはしません。
 
ああ、見てください!
 
餓死寸前のネズミが死に物狂いでクルクルと駆け回っています・・・なんと恐ろしい!
 
ちゃんとした「食事」の方法を知っている人であれば、あれこれと手当たり次第に詰め込む必要など、まるでないのだということがわかります。
 
太極拳における力の使い方を身につけたのであれば、八極拳の力の使い方を練習する必要はありません。
 
劈掛掌のパワーの源をつかんだ人にとって、八卦掌の秘訣など、もはや不要なのです。
 
既に食べたものを消化し終わっているので、そこから得たエネルギーを、いつだって思いのままに利用可能というわけです。
 
さて皆さん。
 
皆さんは「拳」を食べますか?
それとも身体にまといますか?
 
言うまでもなく、皆さんはどちらでも好きなほうを選ぶ自由があります。
 
ただ、わけもわからず「餓鬼」に堕ちることだけは、避けていただきたいものです。

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