別訳【維摩経】
第1話 維摩居士、登場
2006.11.29
昔々、インドのヴァイシャーリーという大都市に、維摩詰(ヴィマラキールティ、以下「維摩」)という長者がいました。
彼は熱心な仏教徒でしたが出家はせず、お城のような巨大なお屋敷で、妻子や使用人たちと暮らしていました。
維摩は溢れんばかりの才能と情熱、そして資産を持っていました。
そして、とても幸いなことに、それら全てを人助けのために使うと固く心に決めていたのです。
実際、彼の活動は融通無碍であり、大きな成果を上げていました。
貧しい人には施しを与え、悪人は教え諭し、怠け者にはハッパをかけるなど、全ての人に対して、それぞれのレベルに合った導き方をする彼の人望は、まさに天下に轟いていたのです。
ある日、維摩はこう考えました。
「これまでは自分であちこち飛び回り、色んな人たちを導いてきたわけだが、もう長いこと続けてきたのでちょっとマンネリ気味だなぁ。
そうだ!ここはひとつ、私が「病気で寝込んだ」という噂を流してみよう。
そうすればきっと、私のことを心配して、人々は自分たちの方から私のところに集まってくるに違いない。
うん、なんて効率的なアイデアだろう!」
さて、維摩が「病気で寝込んだらしい」という噂が広まると、国王や大臣をはじめ、資産家やその家族たちなど、あらゆる階層の人々が、数え切れないほど彼の家に集まってきました。
こうして彼らを待ち構えていた維摩は、病気をネタにした説教を実施し、大成功をおさめることができたのです。
作戦成功の余韻にひたりながら、維摩はふと思いました。
「私はこうやって「病気で寝ている」ことによって、たくさんの人たちに仏の教えを説くことができた。
そういえば当の仏様は、こんな私を見舞いにきてくれないものだろうか?」